ヒマを持て余した奇才の夜遊び

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

ピエール瀧の23区23時 2020-2022

『ピエール瀧の23区23時 2020-2022』

著者
ピエール瀧 [著]
出版社
産業編集センター
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784863113435
発売日
2022/10/13
価格
2,530円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ヒマを持て余した奇才の夜遊び

[レビュアー] 今井舞(コラムニスト)

 東京の23区を1区ごと、一晩かけて歩き回るという企画をまとめた本書。ルールは2つ。23時になったら記念に写真を撮ることと、100円の自販機を見つけたら飲み物を買うこと。10年前にも全く同じ企画の単行本を出したが、「ちょうど暇になってたから」再び夜の東京を歩いてみたという著者。彼とライターとカメラマン、時々マネージャーという顔ぶれで、知っている街や知らない街を会話しながらとにかく歩く。それがそのまま口述筆記形式で綴られ、BSの散歩番組を文字に書き起こしたよう。出会った地元民と「鶴瓶の家族に乾杯」みたいにフレンドリーに触れ合ったり、地理に対する指摘の鋭さが「ブラタモリ」的だったり。飄々と夜の街を徘徊する著者のスキルは、業界引っ張りだこの人気者だった頃と何ひとつ変わっていない。

 人から指摘されるまで演じた役を思い出せなかったり、出演作のロケ地を知らなかったり。撮影前日までセリフを覚えないので、リハーサルでは、錚々たる俳優陣の中、一人だけ台本を持って参加するなど、散歩中の会話では、行雲流水も極まれりなエピソードが次々と。

「例の件」に関しても、悪びれるでもなく萎縮するでもなく。立ち入り禁止の札を見て「絶対に中には入んない。俺の執行猶予が消えちゃう可能性があるから(笑)」と、既に「持ちネタ」の域。勾留されていた湾岸署を家族で見に行き運動時のバルコニーを探した話や、留置所にあった手塚治虫の『ブッダ』を読破した際の担当官とのやりとりなど、すべらない逸話が百花繚乱。

 本題の街歩きにおいても、台東区の回で谷中霊園を訪れた際、有名人の墓のマップの中から、「大森貝塚発掘者モースの助手」の名を見つけ、「何で有名人に混じって『助手』の墓があるの?」という疑問から、大田区の大森で意外な真相に辿りつくなど、ドラマチックな展開もあり。ページ数は多いが硬軟あって飽きさせない。

 街をほっつき歩くだけでエンターテインメント成立。エトスもパトスもロゴスもなしに人を魅了する。著者の芸能人としてのポテンシャルの高さを、改めて指さし確認できる一冊。

新潮社 週刊新潮
2022年11月10日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク