『スマホ・デトックスの時代』
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<書評>『スマホ・デトックスの時代 「金魚」をすくうデジタル文明論』ブリュノ・パティノ 著
[レビュアー] 仲俣暁生(文芸評論家、編集者)
◆巨大IT従属から逃れる道は
一九九〇年代のウェブ草創期には「サイバースペース独立宣言」が高らかに掲げられたように、インターネットの世界は一種の理想主義のもとにあった。しかしネット上の情報空間は、いまや巨大IT企業が利用者の「関心」を奪い合う「関心経済」の原理が働く場となった。そこでは利用者は、IT企業の収益プログラムに自発的に従属する存在でしかない。
その姿を著者は水槽の中の金魚になぞらえる。グーグル社のある社員が欧州のメディア企業に向けて行ったプレゼンテーションのなかで、ミレニアル世代と呼ばれる現代の若者の「注意持続時間」は金魚と同じ九秒程度だと述べた。このエピソードが本書の不思議な副題の由来である。
ソーシャルメディアの雄フェイスブック(現メタ)社の創業者ザッカーバーグは、検索大手グーグル社からサンドバーグを引き抜き、彼女のもとで広告モデルを洗練させていった。同社をはじめとするソーシャルメディアは利用者の日常生活を絶えず「監視」することで巨大な広告収益を得ている。
こうした関心経済は「疑念経済」を必然的に導く。利用者をネット中毒にする話題が優先的に配信され、「シェア」される。ネット上で陰謀論が優勢なのはソーシャルメディア各社のアルゴリズムが導き出す必然的な結果であり、現実の素朴な反映ではない。その事実をはっきりと見据え、対策を講じることが喫緊に必要だと著者は言う。
では、私たちはどうしたらこの従属から逃れてデトックス(解毒)を果たすことができるのか。それにはまず、巨大IT企業がどのような科学的知見にもとづいて鉄壁の収益プログラムを築き上げたのかを知ることだ。本書のいちばんの読みどころは、現在に至るデジタル経済が成立してきた道筋そのものである。
新たなIT長者イーロン・マスクによるツイッター買収が大きな話題となるなかで、ソーシャルメディア各社の成長にも陰りが見えてきた。次の時代を見据えるには、本書で示された多くの論点を丹念に検討する必要がある。
(林昌宏訳、白水社・2090円)
1965年生まれ。パリ政治学院准教授。仏紙ルモンドなどの要職を歴任。
◆もう1冊
アンデシュ・ハンセン著『スマホ脳』(新潮新書)。久山葉子訳。