在日社会に根を張る取材が浮き彫りにした「総連」「民団」因縁の77年

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決別

『決別』

著者
竹中 明洋 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784093888813
発売日
2022/09/14
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

膨大な取材が浮き彫りにした在日社会の“見えない38度線”

[レビュアー] 常井健一(ノンフィクション作家)

 全ページが線で真っ赤に染まった。知らなかったことがたくさん書いてあった。登場人物の大半は韓国籍や朝鮮籍だが、あらゆる事件が我々の日常と同じ空の下で起きていた。

 著者の竹中明洋は日本中に広がる在日コリアンの世界をくまなく歩き、事の顛末を知る当事者を訪ね、重たい口を開かせる。すべてを鵜呑みにせず、イデオロギーにも流されず、冷徹に新事実を炙り出していく。そんな作業を一人で3年も続け、我々の生活圏内にある「見えない38度線」を浮き彫りにした。

 玄界灘を股に掛けた南北の工作員の武勇伝は竹中の手にかかれば、血しぶきが目に見える劇画のようになる。一方で、生き地獄さながらの庶民の苦労話は、あばら家に漂う湿気まで伝わってきた。日本で蔑まれ、本国に利用され、同胞から裏切られる。日本人の倍近い在日の自殺率の深層を知れば、誰もが絶句する。

 14章に分かれた受難像はビビンパの如くカラフルだ。力道山(プロレス)、大山倍達(空手)、金時鐘(詩)、韓昌祐(パチンコ産業)といったレジェンドに加え、民族学校の教師や自営業者ら市井の人間の葛藤も点描されている。

 背景には決まって根強い南北の対立感情がある。深い溝の両脇に屹立するのが北朝鮮系の総連と韓国系の民団だ。

 竹中曰く、両者は「とっつきにくく、迂闊に触ると大やけど」する取材対象だが、日本人の書き手に対する幹部らの猜疑心は途轍もなく強い。それでも竹中は接近を試みた。「在日の首都」と呼ばれる大阪に居を移し、鶴橋で生まれた韓国籍の女性と結ばれ、在日社会に根を張った。

 かねてから竹中は為政者の懐に飛び込むのがうまく、政界の裏話をスクープしてきた。主に政治家の証言録を手掛ける私も、大物の独占取材を巡り、出し抜かれたことがある。3年前、とある賞の最終選考では彼の前作と拙著が争い、ともに散った。

 そんな因縁があるだけに本書の完成を待望していたが、竹中の突破力は健在。コロナ禍の3年間で、膨大な数の対面取材を敢行した執念に、舌を巻いた。

 気難しい大立者たちと渡り合い、善悪の境界線を歩く―。この種の労作は存在すること自体が奇跡だ。ただ、政治色が濃いと、その労苦が曲解される宿命を背負う。本書の原作は小学館ノンフィクション大賞で最終候補に残ったが、苦杯を嘗めた。

 竹中は、日本と朝鮮半島の拗れた関係を正す糸口が在日の経験にあると強調する。それは、当事者に寄り添う人生を選んだ彼自身の決意表明にも読めた。

新潮社 週刊新潮
2023年1月19日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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