『黒い海 船は突然、深海へ消えた』
書籍情報:openBD
海難史に残る大事故が「当て逃げ」? 国が隠蔽するものとは
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
のんびり漂泊していた中型漁船が、突然強い衝撃とともに傾き、転覆してしまう。そんな緊迫の場面から始まるストーリーだ。2008年6月、場所は千葉県銚子沖。
当日の朝、波は高かったが、経験豊富な漁師は漁ができる程度だと思っていた。つまり大シケなどではない。しかし漁船はパラ泊を選んだ。海中にパラシュート様のアンカーを下ろす、漂泊の方法である。〈船首側の海中で落下傘を広げ、水の抵抗を使って船首を風上に向ける。横波を受けにくくなるため船体は安定し、安全性が高くなる〉。船を停めているので、漁は休み。朝から思わぬ自由時間をもらった漁師たちは喜び、思い思いにくつろいだ。そこに突然の衝撃である。
最初の衝撃は、高波が船体に乗ったのかとも思われた。しかしその直後の二度目の衝撃は、異様な音がしたという。船は傾き、わずか1、2分で転覆が確実になる。乗り組んでいた20人のうち、じつに17人が帰らぬ人となった。
海難史に残る大事故である。転覆した船はふつう海上に浮いているはずなのに、第58寿和丸はあっというまに沈没してしまった。その理由がわからない。運輸安全委員会の調査は「事故原因は高波」という結論ありきで進められたように見える。しかし、沈没した船のものと思われる油が海面に大量に流れていたことや沈没の速度などから、船体が損傷したために沈んだと考えるほうが自然なのだ。粘り強い調査の行く手に、これはじつは当て逃げ事故なのではないかという可能性が見えてくるが、それを追う道は細く険しい。
「守秘義務があるので情報は開示できない」一点張りの回答をどこからどうやって崩すのか、「すでに国が結論を出しているような古い事故をなぜ今さら蒸し返すのか」という言葉にどう反論するのか。大きいもの強いものに立ち向かう静かな情熱の書である。