<書評>『国商(こくしょう) 最後のフィクサー葛西敬之(よしゆき)』森功 著

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国商 : 最後のフィクサー葛西敬之

『国商 : 最後のフィクサー葛西敬之』

著者
森, 功, 1961-
出版社
講談社
ISBN
9784065241271
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>『国商(こくしょう) 最後のフィクサー葛西敬之(よしゆき)』森功 著

[レビュアー] 武田徹(ジャーナリスト・評論家)

◆刺客送り込み国を操る

 「政府が右と言っているものを左と言うわけにはいかない」。二〇一四年にNHK会長に就任した籾井勝人(もみいかつと)はそう述べた。開口一番、NHKは政府に従うと言い出す姿勢が物議を醸したが、それが彼独自の考え方でなかったことを本書は明らかにする。

 国鉄民営化を実現させた、いわゆる“改革三人組”の一人で、分割後のJR東海を率いてリニア新幹線計画を推進した葛西敬之の口癖は「放送が左に偏るとはけしからん」だったという。そんな葛西が立ち上げ、やがて安倍晋三応援団の性格を備えるようになった「四季の会」のメンバーがNHKの経営委員会に多く送り込まれており、彼らが籾井を会長に選出した。籾井の口から出た言葉が葛西の口癖と似ていたのは偶然ではない。周到なお膳立ての上に“同志”をNHKのトップの座につかせた葛西の目的は、公共放送のコントロールだった。

 NHKだけではない。安倍一強体制を支えた官邸官僚の人選にも葛西が深く関わっていた事情を本書は描き出す。

 昨年春に葛西が死去した際まだ存命だった安倍は「ひとことで言えば国士で、常に国家のことを考えている人だった」と述べて盟友を弔った。確かに自らの理想とする国家を実現するために葛西は腐心した。志を同じくする人を権力の中枢に送り込む手法で、思い通りに国を動かす手応えを感じてもいただろう。

 だが、それが本当に国の未来を考えたうえでの選択だったのか。人は誰もが間違う。だからこそイエスマンではなく、深手を負う前に間違いを忠告してくれる“辛口の友人”が必要なのだ。NHKが公共放送として公正さの観点から国政を監視し、誤った政策が選ばれていればそれを指摘する役割を負うのも同じ理由である。政府が誤って「右」にゆこうとするとき、公共放送は「左」にゆくべきだと断固として告げなければならない。

 こうして「国」と「公」を区別し、両者の間に批判的かつ建設的な関係を取り結ぶ必要性を葛西は理解していたのか。翻って私たちの社会はどうか。多くを考えさせる一冊である。

(講談社・1980円)

1961年生まれ。ノンフィクション作家。著書『官邸官僚 安倍一強を支えた側近政治の罪』など多数。

◆もう1冊 

葛西敬之著『飛躍への挑戦 東海道新幹線から超電導リニアへ』(ワック)。『国商』の中でも言及あり。読み合わせると収穫が多い。

中日新聞 東京新聞
2023年3月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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