<書評>『ラジオと戦争 放送人たちの「報国」』大森淳郎、NHK放送文化研究所 著

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ラジオと戦争: 放送人たちの「報国」

『ラジオと戦争: 放送人たちの「報国」』

著者
大森淳郎 [著]/NHK放送文化研究所 [著]
出版社
NHK出版
ISBN
9784140819401
発売日
2023/06/26
価格
3,960円(税込)

<書評>『ラジオと戦争 放送人たちの「報国」』大森淳郎、NHK放送文化研究所 著

[レビュアー] 武田徹(ジャーナリスト・評論家)

◆全体主義導く不安なお

 第二次大戦中、メディアは軍や政府に強制されて“仕方なく”国民を戦争協力に駆り立てた。本書は、そんな“仕方なく”史観の虚妄を実証的に暴いてゆく。

 その作業は困難への挑戦であった。放送は番組終了後には消えてしまう。録音技術の黎明(れいめい)期には番組音声の記録が残されること自体が稀(まれ)だったし、戦前日本のラジオの場合、占領下で不利な証拠となることを恐れて限られた録音資料すらも終戦直前に処分されてしまった。こうして悪条件が重なる中で、それでもなお著者は消失を免れた貴重な音源の発掘にこだわり、それができない場合には往時を知る数少ない生存者の声に耳を傾けたり、文字資料を縦横に参照したりして放送の実態の再現に努めた。

 たとえば一九三二年に全国のラジオ受信契約者を対象として実施された意識調査の内容を吟味すると、政府による検閲や、経営方針の官僚化を嫌う声が少なからず寄せられていたという。そして、こうした“民の声”に応えようとした奥屋熊郎(くまお)のような気骨ある放送人もいた。戦時色を強める時期のメディアと社会が国策協力一色に塗りつぶされていたと考える姿勢にもまた過度の単純化がある。

 だが、そんな奥屋が国民の福利厚生を考えて企画した『ラジオ体操』や『国民歌謡』も、結局は総動員体制を補強する役割を果たしてしまう。

 全体主義社会は強権と強制だけで構成されるのではない。強いられて“仕方なく”ではなく、良かれと思って主体的にこなした日々の仕事が国策協力の文脈に回収されてしまう。こうした環境が用意されてファシズムが完成に向かう事情を本書は示す。

 本書を読んで気になったのは、他でもない、現代のメディアのことだった。影響力の強い放送メディアゆえに、公共性を意識しつつ日常業務を懸命にこなしているだろう関係者が、意識せずに国民を危うい方向に誘ってしまう構図は今でもありえないか。往時の放送の姿を高い精度で知らせる本書は、メディアと社会の“現在地”を省みる視点も与えてくれる。

(NHK出版・3960円)

1957年生まれ。NHKディレクターとしてETV特集などを制作。

◆もう1冊

『1933年を聴く 戦前日本の音風景』齋藤桂著(NTT出版)

中日新聞 東京新聞
2023年8月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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