『反戦川柳人 鶴彬の獄死』
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佐高 信『反戦川柳人 鶴彬の獄死』(集英社新書)を柳 広司さんが読む 川柳こそ世相を映し出す鑑
[レビュアー] 柳広司(作家)
川柳こそ世相を映し出す鑑
反逆の川柳人・鶴彬(つるあきら)(一九〇九-三八)を縦糸に、彼と接点のある人物を縦横に論じた異色の評論集である。
歴史の闇に埋もれかけていた鶴彬の作品を後世に遺そうと奔走した一叩人(いつこうじん)、澤地久枝、坂本幸四郎。同時代の川柳人・井上剣花坊(けんかぼう)、田中五呂八(ごろはち)、木村半文銭(はんもんせん)。そこから石川啄木や徳冨蘆花(ろか)の『謀叛論(むほんろん)』の革新性に話が及ぶ一方、鶴彬を作品で取り上げた田辺聖子『川柳でんでん太鼓』(注:後に『道頓堀の雨に別れて以来なり』でも)や、はては拙著『アンブレイカブル』にまで触れられていて、著者のアンテナの広さには舌を巻くばかりだ。
安倍元首相銃撃事件直後の某新聞川柳欄が物議を醸したことからも明らかなように、川柳は時代を切り取る即時性の高いメディアだ。新聞の社説や論説記事を読むより、川柳欄と時事漫画を見た方が、世の中で何が起きているのかよほど理解できる場合が――今も昔も――少なくない。
例えば、鶴彬の代表作の一つに「万歳とあげて行った手を大陸へおいて来た」というものがある。作品が発表されたのは昭和十二年(一九三七年)。当時の庶民にとって天皇制と中国大陸での戦争が何であったのか、小難しい言葉や議論を重ねるより、この川柳一つの方がよほど的確な理解をもたらしてくれるはずだ。そして、だからこそ鶴彬は特別高等警察に目を付けられ、しつこく尾行監視された揚げ句、獄死したともいえる。
鶴彬の川柳は治安維持法下の日本の世相を映し出す鑑(かがみ)だ。だとすれば、現在の日本はどうか?
以下は「レイバーネット日本」が主催する句会への、近年の投句である。
反戦ト護憲ヲ危険思想トス(笑い茸)
沖縄を踏みつけ福島こけにする(乱鬼龍)
非正規にジングルベルは聞こえない(同)
鶴彬が切り開いた川柳の可能性は、今も脈々と受け継がれている。
柳 広司
やなぎ・こうじ●作家