恐竜が好きでも「女の子なのに」と言われ… 声優「新田恵海」が語った子供の頃の風潮
[文] 新潮社
声優の新田恵海さん。愛称「えみつん」
子供が一度は夢中になるものといえば、恐竜だ。カッコイイ見た目に現代にはないスケールの巨体、絶滅してもう出会うことはできないというロマン……。多くの子供が憧れたことだろう。今も毎年のように日本各地で開催される「恐竜展」は大人気コンテンツだ。
しかし、ひとつ問いたい。恐竜に夢中になるのは「男の子だけ」だと思ってはいないだろうか?
NHK紅白歌合戦に出場経験もある人気声優の新田恵海さんは、幼少期から恐竜が大好きだった。大人になり、アニメ『ラブライブ!』で人気を博して忙しくなってからも、ずっと“恐竜推し”でいる。ただ、子供の頃は「女の子なのに……」と言われ恐竜好きだと珍しがられることが多かったという。
そんな新田さんと、女性を主人公にした恐竜マンガ『ディノサン』(新潮社)著者の木下いたるさんが、恐竜についての想いを語り合った。
「女の子なのに」という風潮
新田恵海さんと木下いたるさん
新田:わたしが子供の頃、映画『ジュラシック・パーク』が公開され、NHK教育テレビでも『恐竜家族』や『恐竜惑星』が放送されていたので、どんどん恐竜にハマっていきました。あの頃は手を伸ばせば恐竜があった時代でした。
でも、成長するにつれて、大きな声で恐竜が好きだと言いにくくなりました……。というのも、わたしが子どもの頃はランドセルの色がまだ2色しかない時代でもあったので、「女の子なのに恐竜好きは珍しい」と言われたんです。だから、一部の男子としか話は合いませんでした。
木下:「女の子なのに……」という風潮については、このマンガでもいずれ描きたいと思っています。「恐竜は幼少期の男の子のもの」みたいなイメージが崩れ去ったらいいなというか、それすらなくなって「別にどっちでも意識もしない」といった感じになればいいなと。
内容はまだ考え中ですが、いずれ主人公・すずめの幼少期か、「女の子が恐竜好きでも別に普通じゃない?」という話を描きたいです。
もともと、恐竜をテーマにした作品の主人公は女性にしたかったんです。ただ、媒体によっては「やっぱり、主人公は男の子だよ」と突き返されることもありました。それが、「コミックバンチ」の場合は、むしろ編集部が「主人公は女の子で!」という提案をしてくださったので、逆に「えっ、いいんですか?」とは思いましたね(笑)。
恐竜の蓄光フィギュアは「ロマン」
NHK Eテレ『デイナの恐竜図鑑』では主人公の姉の声も
――お二人が恐竜好きになったきっかけは、何でしたか?
新田:幼い頃から動物が好きで、動物園や博物館も大好きだったのですが、映画『ジュラシック・パーク』を観たことで、完全に恐竜にハマりました。恐竜は漢字で「恐ろしい竜」と書くくらいですし、こわい印象を持っている方もいると思いますが『ジュラシック・パーク』を観てからのわたしはとにかく恐竜を「かっこいい生き物」と思うようになりました。
木下:『立体・恐竜図鑑』(大日本絵画)という造形作家の荒木一成氏の本があるのですが、子どもの頃に父がその図鑑に描かれている恐竜を模写したり、紙粘土で再現してくれたんです。そこから、恐竜好きになったのですが、成長する過程でほかのものにも興味は移っていきます。そんな中、マンガを描き始めるようになってから、「恐竜が好きだったな」ということを思い出して、気持ちが再燃しました。
僕は、「恐竜をコンテンツに落とし込むこと」が好きなんです。映画や図鑑を見て恐竜の生態を知っていくのと同時に、「どんな餌を食べるのかな?」や「どれくらいの大きさの牛舎に収まるかな?」ということを妄想するのが楽しいです。
新田:わたしは絵を描くことはなかったですが、小学生のときは「光る恐竜の骨」を組み立てたりしていました。
木下:「蓄光」のフィギュアですね。最近もある図鑑の改訂版が出たときに、付録に暗闇で光るトリケラトプスやティラノサウルスが付いてきました。
新田:蓄光、いいですよね! 子どもの頃、電気を消した真っ暗な部屋の中で、蓄光の恐竜がボヤっと光っていたことを覚えています。
木下:蓄光はロマンです。
江の島に『ジュラシック・パーク』がある世界
『ディノサン』は最新4巻まで発売中
――木下さんの漫画『ディノサン』では、現代に再生された恐竜が江の島にある“恐竜園”で暮らし、新人の女性飼育員・すずめが奮闘する日々を描いています。
木下:「なんで江の島を舞台にしたんですか?」と聞かれたことがありますが、実際に江の島に恐竜がいても違和感がないというか、多分受け止めやすいと思ったからです。ニューヨークやサンフランシスコではなく、江の島という舞台は日本人には親近感が湧きやすい気がするんですよ。『ジュラシック・パーク』との差別化は、いかにローカライズさせるかというか、「向こうが一級品のハリウッドの派手なテーマパークだとしたら、こっちは地方の小さな遊園地だ!」といったことで意識していますね。
――それでも、江の島に“恐竜園”があるというのは強烈な世界観ですね。
木下:それは、犬や猫の様な距離で恐竜を感じたことがないからだと思います。恐竜は遠くから離れて見ないと危険というイメージがあると思いますが、すべての恐竜が襲ってくるわけではない。近寄ったり、手で触ったりできる恐竜もいたんじゃないかなと思って、プシッタコサウルスと触れ合えるコーナーを園内に設けたりしました。この世界観は恐竜だけでは作り出せず、江の島という生活に根付いてる、想像しやすい舞台だからこそ、描けたと感じています。
パキケファロサウルスが死んだ妻を想っているのかも
新田:わたしがおススメしたいエピソードは、おばあちゃんティラノサウルス、神経質なアロサウルス、胸を打つトリケラトプスの話など色々ありますが、やっぱり、パキケファロサウルスのハチベエの話を読んでほしいなと思います。
雨の音に驚いてしまうとか、繊細な一面があるとか、生き物の言葉はわからないけど、恐竜の行動にも理由やこだわりがあるというのがよく見えるお話だと思いました。ハチベエのお気に入りの場所は死んだ妻・デイジーとの思い出の場所だったのかもしれないという、「かもしれない」にグッときました。
木下:あまり「決めつけ」はしたくなかったんです。理由は「まだ化石が見つかっていないから」など学説に基づいたものではなく、人間同士のコミュニケーションでも「あの人は絶対にこう考えているに違いない」と思うことはあっても、実際にはそうでないことはよくありますからね。
新田:あと、『ディノサン』では恐竜たちに「言葉がない」のも、わたし的にうれしいポイントです。
例えば「人間と恐竜の間に友情が芽生える」という物語のほうが描きやすいと思うんです。だけど、それぞれ別の生き物だからこそ、描ける世界があるとも思っていて。飼育員たちは「こう思っているのかもしれない」と恐竜と共存する方法を考えていて、わたしたちにもできることを考えさせられます。恐竜は絶滅した動物ですが、この考え方は今を生きている動物にも当てはまるでしょうし、もしかしたら人と人同士でも重要な価値観なのかもしれない。そういう意味でも、この作品は幼い子どもにも、大人にもオススメしたいですね。
木下:僕は第1話がおススメです。このマンガで描きたいことを「宣戦布告」のようにをギュッと詰め込みました。第1話目にはメタ的な要素があって、そこに作者である僕の主張と、物語の中で主人公・すずめが目指していく方向性が描かれています。だから、第1話を読んでもらったら、『ディノサン』がどういうマンガなのかがすぐにわかります。
解説を読めばクラスのヒーローになれるかも
新田:監修の藤原慎一先生(名古屋大学博物館)の解説はすごくお茶目で、かわいいですよね。ティラノサウルスの花子のバースデーイベントの話で、生肉を使ったバースデーケーキを与えていましたが、解説でティラノサウルスの大好物“ハドロ肉“(ハドロサウルス科目の肉)の尾椎の上側を「尾部ロース」と説明していたのは「わかりやすい!」と思ってメモしました(笑)。尾部ロースは長い尻尾を持つ恐竜ならではの人気部位ですね。
木下:藤原先生の解説は『ディノサン』本編と非常にバランスがいいんです。本編は恐竜に興味がない方が読んでも楽しめるように描いているのですが、そこから恐竜に興味を持ったり、もともと恐竜に詳しい方は、藤原先生の解説コラムでさらに詳しく知ることができます。
新田:藤原先生の解説を読むと、あらためて『ディノサン』は学説に基づいて描かれた作品ということに気付かされます。
木下:解説を読んだ上で、もう一度本編を読み返してもらえれば、「このシーンはそういう意味だったのか!」ということがわかると思います。子どもの頃にこの本読んでいたら、クラスでヒーローになれたかもしれません(笑)。
僕は今後も『ディノサン』を通して、少しでも恐竜や古生物に興味を持つ入り口になれるよう、がんばっていきたいです。恐竜の展示会から関心を持った人が図鑑などの関連書籍を買う際に、『ディノサン』もそのうちのひとつとして、みなさんの探究心を受け止められる土台になりたいです。
※文・千駄木雄大、写真・青木登、ヘア&メイク・清水有希子(AICON)
※「月刊コミックバンチ」2023年5月号をもとに再構成。
■PROFILE
新田恵海(にった・えみ)
声優・歌手。2010年に声優デビュー。代表作は『ラブライブ!』の高坂穂乃果など。
出身地:長野県
イチオシの恐竜:トリケラトプス
木下いたる(きのした・いたる)
漫画家。『ギガントを撃て』(講談社)で、デビュー。「月刊コミックバンチ」にて『ディノサン』を連載中。
出身地:山梨県
イチオシの恐竜:ギガノトサウルス