日本人があまりに知らない「台湾」の複雑な現代史 読書会に参加しただけで投獄された青年の物語

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台湾の少年

『台湾の少年』

著者
游 珮芸 [著]/周 見信 [著]/倉本 知明 [訳]
出版社
岩波書店
ジャンル
芸術・生活/コミックス・劇画
ISBN
9784000615457
発売日
2022/07/11
価格
2,640円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

有事を憂える前に私たちは「台湾」を学ばなければならない

[レビュアー] 深澤真紀(関西大学総合情報学部特任教授)

 日本で防衛費を増やす根拠として、「台湾有事」が叫ばれて、私たちは台湾に対して、「親日」「反中」などと簡単に言ってしまう。私は25年近く毎年のように台湾を訪れてきたが、日本も関わっている複雑な台湾の現代史について多くの日本人があまりよく知らない。

 この全4巻のグラフィックノベル(芸術的な漫画のこと)の主人公は、台湾でご存命の蔡焜霖さんで、彼の90年以上の人生と台湾の現代史が描かれている。全ページ2色刷で、1巻ごとの内容に合わせて、絵のタッチを変えているのも素晴らしい。

 台湾は日清戦争後の1895年の日清講和条約で日本に割譲された。日本の植民地支配は台湾ではじまり、終戦の1945年まで50年も続いたのだ。蔡さんは1930年に植民地の台湾で生まれ、皇民化政策で日本語教育を受け、学徒動員にも駆り出された。本書では蔡さんたちの話す台湾語、日本語、中国語がフォントや色の違いなどで表現される。

 終戦によって日本から解放される台湾だが、今度は中国本土から国民党がやってくる。1947年には二・二八事件で台湾人が弾圧され、さらに中国共産党に敗れた国民党が1949年に台湾に中華民国をうつし戒厳令を発令、1987年まで40年近くも続く世界で一番長い戒厳令となる。

 主人公の蔡さんは青年時代に読書会に参加しただけで、政治犯として逮捕され、収容所島に10年も投獄されることになる。これが国民党政府による市民への白色テロで、多くの市民が犠牲になったのだ。釈放されてからは出版社を作り日本の漫画や児童文学を紹介し、百科事典の刊行や、人権運動にも関わる。

 現在の台湾があるのは、日本植民地時代の50年、そこから40年続いた国民党による弾圧のあいだも、蔡さんのように台湾のために働き、民主化のために戦い続けた人々がいたからだ。

 一方で中華民国(台湾)は約50年前に国連から追放され、日本も含めて多くの国から独立国家として認められていない。そして台湾人の中には独立を願う人もいれば、中国との統一を目指す人もいる。台湾有事を憂える前に、私たちはまず「台湾」を学ばなければならないだろう。

 そもそも「日本好き」の台湾人は「親日本文化」という意味での「親日」なのだと思う。そして日本に侵略された国々では「反大日本帝国」という意味での「反日」があるのだろうし、それは台湾人だって、私たち日本人だって同じだと思うのだ。

新潮社 週刊新潮
2023年5月25日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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