<書評>『3・11 大津波の対策を邪魔した男たち』島崎邦彦 著
[レビュアー] 斎藤貴男(ジャーナリスト)
◆警告歪めた「ムラ」に憤り
福島第一原発事故によってもたらされた不幸は、「人災だと思う」と著者は断じている。なぜなら専門家らが巨大な津波地震が来ると警告していたにもかかわらず、国の統治機構を含む原子力ムラが総力を挙げてこれを潰(つぶ)し、取り得た対策を何ひとつ講じなかった。
珍しくもない批判と嘲笑(ちょうしょう)したがる奴等(やつら)の顔が見えるようだ。本書はしかし、警告を無視された地震学者自身が、実体験と、腹の底からの憤りを赤裸々に綴(つづ)ったものである。これほど重要な証言記録がまたとあろうか。
東京大学名誉教授にして元日本地震学会会長。この分野の最高権威は、政府の地震調査研究推進本部「長期評価部会」の会長だった二〇〇二年七月、「日本海溝沿いの三陸沖〜房総沖のどこでも津波地震が起きる可能性がある」と指摘した。福島沖は最も危険なエリアだと考えられていた。
ところが内閣府の介入で発表が延期され、あまつさえ「この報告書は信用できない」と読めてしまう文言の追加を強いられた。裏では東京電力の働きかけがあったことが、今日では立証されている。
警告はその後も歪(ゆが)められ続け、政府や電力会社の無策を正当化する機能を帯びさせられていく。あの惨禍はかくて招かれた。東日本大震災の被災者はみな、保身と利権漁(あさ)りにのみ長(た)けた集団の犠牲にされたのではなかったか。
「多数の方々の命が失われた。その責任は、未だ追及されていない」
淡々とした筆致が血涙に見える。御用メディアやSNSで罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせられることも少なくない著者の叫びをあざ笑いつつ、岸田文雄政権は原発回帰へと躍起だ。地球温暖化への不安さえ追い風に「原子力発電の活用」を「国の責務」と謳(うた)う「GX脱炭素電源法案」の制定を急いでいる。
何もかもが見直されるべきだ。テクノロジーだイノベーションだと唱える前に、未熟で無能であり過ぎる社会を、もういいかげんに改めよう。
この国は地震の巣なのである。次は能登半島か、南海トラフなのか。本書を省みない未来などあってはならない。
(青志社・1540円)
1946年生まれ。東京大名誉教授・元日本地震学会会長。
◆もう1冊
『原子力推進の現代史』秋元健治著(現代書館)。被爆国に奇怪な複合体が形成された理由。