『自選随筆集 野の果て』
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<書評>『自選随筆集 野の果て』志村ふくみ 著
◆日常を照らす光と言葉
本書は、染織家、随筆家である志村ふくみの自選随筆集である。七冊の著作と一冊の図録から五十三篇の作品が選ばれている。
作者の人生は、色と言葉と人との出会いによって織られている、そう思った。そしてすべての出会いは、高次な意味での「仕事」に収斂(しゅうれん)していく。この本は、仕事の本質を問う一冊でもある。
私たちは作者ほど色との関係は深くないかもしれない。しかし、作者のいう色とは、肉眼に映る色彩ばかりを意味しない。それは光の化身にほかならない。「色は見えざるものの領域にある時、光だった」と作者も書いている。色に秘められた働きを語る作者の言葉は、私たちの日常を照らす光の証言として読んでよい。
さまざまな言葉にも出会ってきた。木工家の黒田辰秋から仕事の根本は「運・根・鈍」にあると告げられる。運は運命、根は根気、鈍は粘り強くあることだといえる。ただ、ここでいう運命は、「偶然にやってくるものではなくて、コツコツ積み上げたもの」であるという。
それを作者に教えたのは詩人のリルケだと思われる。作者には本書に収められていない二冊の優れたリルケ論がある。柳宗悦、伊原昭、永瀬清子、石牟礼道子、ゲーテ、シュタイナーなどとの邂逅(かいこう)の様子もありありと伝わってくる。
「野の果て」という書名は、若き日に兄で画家である小野元衞(もとえ)と作った童話の冒頭の一節から取られている。この言葉は作者にとって、大きな余白を含んだ一行詩なのではないか。人生の道程すべてを、若くして亡くなった兄と共に歩んできたと告白しているのである。自らの仕事でよきものがあるとすれば、それは、兄をはじめとした亡き者たちの助力によって実現したというのだろう。「兄のこと」は、文章家としてだけでなく、仕事をする人としての作者の原点となる一文である。
巻末に寄せられた、作者の孫、志村昌司の「解説」も秀逸である。これまで書かれた志村ふくみ論を明らかに凌駕(りょうが)している。挿入された写真にも深甚な意味があり、美しい。
(岩波書店・3300円)
1924年生まれ。染織家。90年、紬織(つむぎおり)で人間国宝。
◆もう一冊
『一色一生』志村ふくみ著(求龍堂)