読み継がれてきたエヴァーグリーンの名作たち。特に舌を巻いた2作は……

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読み継がれてきたエヴァーグリーンの名作たち。特に舌を巻いた2作は……

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 どんなに新しい小説でも、その奥にはかつての名作の声が響いている。それが聞こえると、読んでいる最中の作品の魅力はいや増す。でも、聞こえるようになるには過去の傑作に触れていなくてはならない。スイッチ・パブリッシングから出ている「柴田元幸翻訳叢書」は、その導き手となってくれるシリーズなのだ。

 ジャック・ロンドンやバーナード・マラマッドの作品集、アンソロジーの『ブリティッシュ&アイリッシュ・マスターピース』『アメリカン・マスターピース 古典篇』。英米文学界きっての目利きである柴田がこの叢書で取り上げてきたのは、幾星霜を超えて読み継がれてきたエヴァーグリーンの数々だ。そのシリーズ最新作が『アメリカン・マスターピース 準古典篇』。19世紀を扱った「古典篇」に続き、ここには20世紀前半の傑作短篇が集められている。シャーウッド・アンダーソンを皮切りに、ヘミングウェイやサローヤン、フィッツジェラルドによる定番作品から、ゾラ・ニール・ハーストンやユードラ・ウェルティの本邦初訳作までバラエティに富んだ12作を収録。

 個人的にとりわけ舌を巻いたのは次の2作だ。眼下にローマの名所が見渡せるレストランのテラスでくつろいでいる、2人の裕福な婦人。タイトルがキーワードとなる若き日の無惨なエピソードが明らかにされるまでの、弛緩と緊張を行き来する筆致が見事なイーディス・ウォートンの「ローマ熱」。気に食わないことがあるとつけ火をする、サイコパスな父親に振り回される一家の末っ子。その視点を通した絶望的な物語を綴る際の、走っている最中のもどかしさを〈足の下で淡い色のリボンが恐ろしく緩慢にほどけていく〉と表現する、ザ・フォークナーというべき文章が魅力の「納屋を焼く」。

 いつかこれらの声が聞こえてくるような新しい傑作とも出会いたい。そう思わせてくれる名作ばかりを収めた温故知新の1冊なのである。

新潮社 週刊新潮
2023年9月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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