子どもの成長や、恋人へのプロポーズ……人生の節目に贈りたい、世界に一冊だけのプレゼントブック
[文] 遊泳舎
表紙から右にも左にも開くことのできる不思議な本がある。カバーを外すと、レトロで優しい質感の表紙に銀色のインクで記されているのはタイトルだけ。その他の説明はない。手に取ると、片面が絵本、片面がノートになっている独特の構成。一見すると縦長のスリムな本だが、広げると150cmほどの繋がった一枚の紙になる「蛇腹製本」に驚かされる。
自分が「読む」ためでなく、他人に「贈る」ためという新しいコンセプトでつくられたこの本は、『Letter Book 想いを繋いで贈る本』(遊泳舎)。装画に爽やかな夏の風景が描かれた『Ever Green』と幻想的な冬の星空が広がる『Midnight Blue』の2種類が2023年8月に刊行された。
今回は担当編集者であるフリーエディター・谷口香織さんと、全編にイラストを描き下ろした画家・林ゆいかさんの二人に、この唯一無二の本が誕生した裏側を語っていただく。
(聞き手=遊泳舎編集部)
世にも珍しい「蛇腹製本」にした理由
――企画が生まれた経緯を教えてください。
谷口 以前、子どもの成長記録を綴る本をつくったことがあるのですが、今回は飼っているペットとの思い出を形にできる本をつくろうと思ったのが始まりです。動物の場合は種類によって寿命も違うし、成長の度合いも違う。あと、記入していくと少しずつ死に向かっていく感じもあって悲しくなっちゃうので、重くならないようにしたいなと思っていました。
――もともとはペットのための本だったんですね。
谷口 そうなんです。どういう形にすればいいか、1年半くらい悩みました。あるとき、蛇腹折りになっている子ども向けの絵本を見かけて、ひらめきがありました。
――「蛇腹製本」にはどんな理由が?
谷口 蛇腹なら1ページずつ書いたり、見たりすることもできるし、広げると一気に眺めることもできるのが一番の理由です。我が家では毎年、犬も含めた家族写真を写真館で撮っているんですが、毎年同じ場所で、子どもは少しずつ成長していって、犬は少しずつ歳を取っていく。それをアルバムにするときに、1ページずつめくって見るだけじゃなくて、バッと広げて、家族の10年分の歴史が並んでいるとしたら、感動するだろうなと思ったんです。それが蛇腹なら実現できるなと。
「読む」ためではなく「贈る」ための本
――本書のコピーには「大切なあの人に」とあります。当初のペットからターゲットが広がっているんですね。
谷口 私はペットのための本をつくるつもりで出版社に企画を持ち込んだのですが、話していく中で「Letter」というキーワードが出たんです。手紙であれば子どもや動物はもちろん、もっと色々な対象に広げられるので、親や職場の上司、同僚、部活を引退するときのチームメイトなども含めて、「大切な誰かに贈る」ことがテーマになりました。
――林さんはこの企画を聞いたとき、どう感じましたか?
林 広がりがあって素敵な本だなと感動しました。著者の想いを届ける本というより、読者である色んな方の人生に寄り添う本になっていると思いました。
――ノート面は林さんのイラストと記名欄、あとは方眼だけと、かなりシンプルですね。
谷口 「○○を書いてください」のように記入内容や質問を設定するのか、シンプルなノートにするのか。これはかなり悩みました。そもそも具体的に誰が誰にプレゼントするんだろうと考えたときに、たとえば親が定年を迎えたときや、友達が結婚や出産をしたとき。ほかにも動物を飼い始めたときのように、全部リストアップしていくと、かなり幅広い使い方を想定できたんです。だから、あまり書く内容を絞り込むようなものがあると邪魔になってしまうと思い、最終的に現在のシンプルな形になりました。
雑貨屋にも置ける本にしたい
――林さんにイラストを依頼したきっかけを教えてください。
谷口 片面が絵本で片面がノートというのは早い段階で決まりました。そして、肝心のイラストを誰にお願いするか。書店を回って色んな本を見て探しましたが、なかなかしっくり来る方に出会えず……。そんなとき「gallery kissa」のホームページで、たまたま林さんの個展の記事を見かけました。画面上で見ただけですが、一瞬で「この人だ」と感じて。まず求めていたのが、物語性のある絵を描く人。さらに、書店だけでなく雑貨屋に置かれていても惹かれるような本にしたかったので、絵の中にテキスタイルっぽい要素が欲しいと思っていました。その二つを軸に探していたら、林さんの絵がぴったりだったんです。
――「作品」と「プロダクト」の両立ですね。
谷口 そうですね。また、ちょうど林さんが壁に長い絵を描かれている写真を見て、まさに今回の蛇腹製本ともマッチしていると感じたのもあります。「この人しかいない」と思い、すぐにギャラリー経由で林さんに連絡をしました。
林 ずっと本の仕事をしてみたいという憧れがあったので、メールがきたときは「こんな風に見つけてくれるんだ」と感動した記憶があります。「私でいいのかな」っていう思いも少しありましたが、まずは話を聞いてみようと思いました。
谷口 偶然、林さんが個展をやっていた時期だったから記事が目に止まって、出会うことができました。運命的なタイミングだったと思います。
読者自身が主人公になる絵本
――絵本面には二冊とも「山」が描かれていますが、どのような意味があるのでしょうか?
谷口 どんな絵にするかを話し合っているときに、一つはせっかくの蛇腹製本なので、ページ単位で完結してるだけじゃなくて、繋げたときに大きな一枚の絵にしたいと考えました。また、横並びのイラストなので、季節や、一日の時間の流れ、天気の変化で展開をつけたいと。これを全部回収する絵として「山」というアイデアが出てきました。また、卒業や就職など人生の転機を迎える子どもに、山をのぼっていく様子を重ね合わせたり、定年退職を迎えた両親に、ゆるやかに山をくだっていく様子を重ね合わせたり……。贈る人や贈られる人が山と人生をリンクさせて、それぞれの物語を想像してくれるのではないかなと思いました。山は『Ever Green』がのぼり、『Midnight Blue』がくだりを描いているのですが、二冊を広げた状態で並べると繋がる仕掛けにもなっています。さらにそのままぐるりと輪にするとループした山の絵になります。
――文字のない絵本にしたのも、読者が物語を想像できるように、ということですね。
谷口 はい。読者の想像の幅を狭めないために、こちらの作ったストーリーは入れませんでした。また、動物を主人公に見立てるかどうかも悩みましたね。ただ、主人公は読者自身だと考えたときに、あえてこの絵の中に主人公は設定せず、読者が物語を絵の中で擬似体験できるようにした方がいい、という考えでまとまりました。林さんには無理難題というか、たくさん要望をお伝えしてしまったと思いますが、どうでしたか?
林 色んな要素を入れたいんだろうな、という気持ちが伝わってきました。ただ、そのまま詰め込むだけでは盛りだくさんすぎて散らかってしまいそうだったので、一冊の本として美しくまとめる方法を考える必要があると思いました。
ただの色違いではない、二冊をつくる意味
谷口 最初は一冊で春夏秋冬や時間の流れを表現しようとしてたんですよね。でもそれだと忙しすぎるという話になりました。
林 ページ数が限られているので、展開が早すぎると絵の良さが出ない気がしました。そこで、せっかく二冊あるので、もっとゆっくり時間の経過を楽しめるように「春夏と秋冬に分けるのはどうですか?」と提案したんです。分かれていることで、二冊を繋げたときの発見や面白さも出てくるのではないかと。さらに「二冊目の終わりと一冊目の始まりを繋げてループさせる」というアイデアも浮かんできて、ワクワクしたのを憶えています。そして完成したのが『Midnight Blue』の最後に描いた一面の雪が徐々に星になっていき、『Ever Green』の夜明けの空へと繋がっていくという仕掛けです。
――全体の構成が決まったわけですね。そこから具体的にどう形にしていったのでしょうか?
林 まず、読んでいて飽きさせないような色の変化や、山と空の面積の比率をどういう風に見せたら美しいか、という部分は意識しました。秋から冬を描く『Midnight Blue』の方は展開が美しく決まったんですが、春から夏を描く『Ever Green』は、良い気候が続いていくから、どんな風に起承転結を入れるか悩みました。
谷口 春や夏はイメージの近い気候が続く季節なので、印象が似ているページが続いてしまいがちで、紙面にメリハリをつけるためのアイデアを出し合いましたね。
林 初夏から梅雨にかけてのシーンは一度ボツになったりもして、かなり悩みました。
谷口 当初、梅雨の時期を描くページは、他のページとのメリハリをつけるために「暗くしよう」という方向性でした。ただ、限られた場面の中に、ただ暗いだけのページがあるのはもったいない。そこで、雨だけど美しい幻想的な感じを目指すことになったんです。
林 話していく中で私もピンときて、「雨煙る山」のような、壮大なイメージが思い浮かびました。『Midnight Blue』は自分のいつもの作風に近かったのと、場面展開も分かりやすく魅せやすかったので、作業としても『Ever Green』の方が苦労しましたね。色々悩んだ分、最終的には自分の中でもお気に入りになりました。
谷口 普段の林さんの画家のお仕事では、割と自由に表現できると思いますが、今回、色々と注文を受けて絵を描くというのはどんな感じでしたか?
林 一つの絵の中に要素がぎゅっと詰め込まれているのは初めてで、「取捨選択」が大切だなと感じました。打ち合わせで話を聞いた段階では、頭の中で色や場面展開などのアイデアが思い浮かびすぎてまとまりがないので、毎回相談しながら削っていく作業でした。
意見が真っぷたつに割れたカバーデザイン
――版元の遊泳舎とは、カバーデザインの意見が割れたのが印象的でした。
谷口 『Ever Green』と『Midnight Blue』の2種類のデザイン案が上がってきたとき、私は一目で『Midnight Blue』の方が好きだと思いました。
――逆に、遊泳舎では『Ever Green』のカバーの陽の雰囲気が人気で、『Midnight Blue』のカバーは「シックすぎて目立たないんじゃないか」という意見も出たんですよね。
谷口 それを聞いたとき、気に入っている方のカバーデザインがボツになってしまうかもしれないと思い、かなり焦りました。でも話していくうちに、「意見が両極端だから二冊出す意味がある」という結論に至り、納得しました。
――商品のレビューでも、高評価と低評価が真っぷたつなほど売れる、と言われることもありますよね。
谷口 あらためて考えると、二冊とも欲しくなるデザインになっていると思いました。友人にこの本を贈る場面を想像したとき、それぞれ「この人はこっちかな」と、ちゃんと選ぶことができたんです。ペットが亡くなった人に『Midnight Blue』を贈ると、「星になってしまった」という悲しいイメージを与えてしまうかもしれないので、あえて明るい雰囲気の『Ever Green』を選ぶような感じですね。相手によってどちらを選ぶかが変わることには、完成してから気づきました。だから今となっては、この二冊でよかったなと思います。
細部を優先するか、全体を優先するか
――イラストの制作で苦労した点はありますか?
林 普段の作品と同じように、1枚1枚の絵を違うパネルに描いたので、後からデータ上で絵を繋ぐことになっていました。ただ綺麗に繋がるか分からなかったので「最初から長い一枚の絵を描いた方がよかったのかなあ」と、絵が出来上がっていくにつれて不安が出てきました。
谷口 初期のデザイン案ができた段階で、実際に印刷して切ったり貼ったりしてみました。全てのイラストを完全に繋げるのか、場面ごとに余白を入れるのか。細かい余白の幅も含め、さまざまなパターンを検証しました。最終的には見開きごとに5mm四方の余白を入れることで、それぞれの絵が額に入っているように見えることに気がつきました。ただ「あ、繋がってる」と全体をぼんやり見るんじゃなくて、ひとつひとつの作品としてじっくり楽しめるなあと。また、林さんの心配していた繋ぎ目も自然に見えました。
林 その上で、後から全体の絵が繋がっていることを発見する楽しさもありますよね。最初から1枚の長い絵で描いていたら違う形になっていたかもしれません。
谷口 模索しながら進めていった部分もあった本ですが、問題にぶつかるたびに解決策が見つかって、むしろ「こっちの方が良かったよね」と想定を超えた結果になることも多かったと思います。
ノートとしての使いやすさも追求
――ノート面の制作ではどんな部分にこだわりましたか?
谷口 最初は飾りのイラストの配置も色んなパターンを考えました。下だけに飾りがあったり、上下に分かれていたり、ランダムに配置されている浮島型だったり。最終的には使いやすさや、長い文章を書かなくても寂しくならない、程よいあしらい感などを考慮して現在の形に。二冊それぞれが、一見同じようなイラストに見えるけど、登場する動物を変えるなどの遊び心を加えています。
林 さりげないこだわりがいっぱい詰まっていますよね。
谷口 背景に敷いた方眼は、薄すぎるとガイドにならないし、濃すぎると目立って使いづらくなるので、グラデーション的に濃度を変えた校正紙を出して検証し、絶妙な色を出せたと思います。また、使い方がとにかく幅広い本なので、記入例にも力を入れています。「恋人へのプロポーズ」を友達に見せたら、「こんなのもらったら断れない」と言ってました(笑)
谷口 記入例の一つにもありますが、退職する同僚や、転校するクラスメイトなどに、みんなで寄せ書き風に使うこともできます。普通の寄せ書きと違って本の形になっているので本棚に挿しておくこともできるし、広げたら自立するので開いて飾っておくこともできる。
林 色紙に書くいわゆる寄せ書きもそれはそれで温かみがありますが、オシャレ感のある贈り物という感じではないですもんね。
谷口 「使いやすさ」や「贈りやすさ」という視点では、本体のサイズ感は意識しました。文字やイラストを描いたり、写真を貼ったりするスペースは確保しつつも、女性が片手で持ってもちょうどよい大きさにはしたかったので。贈り物としても可愛らしい佇まいを実現できたかなと思います。
林 「読者が主役」というコンセプトも素敵ですし、細かい仕様に至るまで物凄いこだわりもつまっているので、ぜひその良さに気づいて欲しいですね。
読者自身が使い方を決める本
――使い方は自由な本ですが、お二人はどんな風にこの本を使いますか?
谷口 私はもちろん、この本をつくるきっかけにもなった家族写真ですね。1年に1回撮った写真を10年分貼っていって、そこに成長の記録を一言ずつ書いて飾れるアルバムをつくる予定です。
林 私は飼っている猫が小さい頃からのイラストを描きたいです。谷口さんのように綺麗に並べる感じよりは、出会ったときのことから、大変だった思い出まで、エピソードも交えながら自由に書くイメージです。肉球を押したりしても可愛いかなと思います。もう一つは、Instagramで私の絵を好きになってくださり仕事の依頼をしてくださった方がいるのですが、それがとても励みになりました。今病気で療養されているので、その方への感謝の気持ちや好きなところを書いて送りたいなと思っています。少しでも喜んでもらえたらいいなと。
谷口 うんうん。好きなところを書くのっていいですよね。
林 あとは記入例の中にあった「結婚する妹に姉が贈る」が素敵ですね。家族にあらたまって気持ちを伝える機会ってなかなかないので、そういう使い方ができたらいいなと思います。
谷口 子どもに10年間、毎年似顔絵を描いてもらうのも面白そうですね。誕生日や母の日に「お母さんの似顔絵とメッセージを書いて」ってお願いして。絵や文章の成長も見られますし。子どもから見た母親の顔がどんどん「鬼ババア」みたいになったら笑えますよね(笑)。
林 私は10年に分けずにどんどん書いちゃう気がします。その辺も人それぞれですよね。
――最後にこの本に込めた想いを聞かせてください。
谷口 大切な人に贈るメッセージブックではありますが、絵本の部分を見ただけでも想いが伝わると思います。なので、あまり「ちゃんと書こう」と気負わず、何かの節目やちょっとした出来事に、気軽に使ってもらえたら嬉しいです。写真を貼って簡単なメッセージを書くだけでも素敵なプレゼントになるはずなので。
林 絵は主張しすぎず、でも様々な人の心情に寄り添えるようなものを目指しました。絵を見ながら、色んなことに思いを馳せる時間にしてもらっても嬉しいなあと思います。自分で書くと思うと尻込みしちゃうかもしれないけど、気負わずに好きなことを書いた方が絶対に楽しいと思うから、ぜひ使って欲しいです。
谷口 使い方が無限にあるので、私たちがまだ思いついてない使い方をした人がいたら、ぜひ「自分はこんな風に使ったよ」と教えて欲しいですね。そして「この本を使ってプロポーズに成功した」みたいな良いニュースが聞けたら嬉しいです。