『ポール・サイモン全詞集を読む』
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まずは好きな曲からひもとくと……多面的に歌詞の由来が立ち上がる
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
最初に『ポール・サイモン全詞集 1964-2016』(国書刊行会)ありき。訳者はアイルランド文学研究者にして翻訳家の栩木伸明。『ポール・サイモン全詞集を読む』は、その栩木が210曲に及ぶP・サイモンの歌詞について解説した600ページを超える厚さ4cmの大著だ。
著者「はしがき」にあるように、サイモン&ガーファンクル時代のアルバムから、今年リリースされたばかりの最新作『七つの詩篇』に至るまで、発表順に収録曲を並べて解説しているのだけれど、ただの印象批評にあらず。〈社会的・文化的・伝記的な背景に関する紹介や考察、さらに詞句を解釈するさいの問題点や多義性の解明などを試みている〉本書は、一人の偉大なアーティストの全貌を多面的かつ立体的に立ち上げることに成功しているのだ。
まずは自分の好きな曲からひもといてみる。「わたしは岩(アイ・アム・ア・ロック)」。壁を作って自分の中に引きこもり、友情も愛も信じない、自分には本と詩があるから大丈夫という心情を歌ったこの曲は、まさに中2病まっただ中だった自分のための歌なんだと繰り返し繰り返し聴いたものだ。それを栩木は、17世紀イングランドの詩人ジョン・ダンの散文を引きながら読解。サイモンが先行文学を自分の創作に役立てる名人だったことを立証してみせる。
次に大ヒット曲「明日に架ける橋」を探す。これは「わたしは岩」の対極にあるかのような曲で、君がつらい時には〈逆巻く奔流に架かる橋のように/僕はこの身を投げ出そう〉という前向き友情賛歌。このメロウな歌詞が、ゴスペルとたくさんの資料を導線にすることによって、〈希望の連鎖〉を培っていった経緯が明かされていくのがスリリングだ。
さらに最新曲の……というように、どの曲から読んでも楽しめるのが、いい。ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞する時代にぴったりくる、攻めた歌詞批評集なのである。