「吐きそうなくらい嫌な話」ホラー界の気鋭・芦花公園が描いた家族の末路 連作短篇集『食べると死ぬ花』の読みどころ

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食べると死ぬ花

『食べると死ぬ花』

著者
芦花公園 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103552116
発売日
2023/11/01
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

最大の伏線は読者の目の前にある

[レビュアー] 三津田信三(小説家)


一家に何が起きたのか? ページをめくるごとに後悔が増す戦慄ホラー(画像はイメージ)

 デビュー作『ほねがらみ』でネット民を震撼させたホラー界の気鋭・芦花公園さんによる連作短篇集『食べると死ぬ花』(新潮社)が刊行された。

 冒頭から姑の底意地の悪さが描かれ、それだけでも気分が悪くなる展開だが、読み終えた読者から「もう本当に最悪でした」「吐きそうなくらい嫌な話」と連載時から話題となった本作の読みどころとは?

 ホラー、ミステリファンの両方から絶大な支持を受ける作家・三津田信三さんが語る。

三津田信三・評「最大の伏線は読者の目の前にある」

 本書は全七話からなる連作ホラー短篇集だが、第一話から第六話までの各話には四つの共通点がある。

 一 ある家族とそれに関わる者が主人公を務める。

 二 ニコという謎の美青年が各々の主人公に関わる。

 三 何らかの有形の物が重要な役割を果たす。

 四 とある宗教色が感じられる。

 連作短篇集に共通点が存在するのは別に珍しくない。ただ、それが多ければ多いほど、その効果が問われることになる。本書の場合は果たしてどうか。

 一つ目の家族とは、父親と母親、長女、長男と次男と三男の一家を指す。ただし各話によって、それぞれの印象は相当に変わる。そもそも第一話「大歳の棺」の主人公は長男の妻であり、母親は姑として出てくる。しかし第四話「瞋恚の石」で登場する母親は、その子供時代から結婚までが描かれており、まったく別人のように映る。

 読者は全話を読んで初めて、ようやく一家に何が起きたのか、その全貌を知ることができる仕掛けになっている。

 二つ目のニコとは、痩せ型の長身で、尖った犬歯、淡い色の虹彩と星のような瞳を持ち、柔らかな物腰と穏やかな口調の美青年である。著者の作品には美形の青年がよく登場する。よって愛読者は慣れているかもしれない。だが今回は、その正体が問題となる。

 様々な立場で各話の主人公たちの前に現れる彼は、いったい何者で、その目的は何なのか。このニコの正体に関する伏線は、至る所に張られている。

 三つ目の有形の物とは、各話のタイトルに入っている「棺」や「箱」や「壺」や「盃」などになる。これらは入れ物で括れるが、他に「石」と「才」の漢字もある。ただし「石」は古来、魂の入れ物と見做された。そういう民族史は、いくつも認められる。そして「才」は人間という器の中に入っている。

 三つ目の共通点は、やはり入れ物と言えるのではないか。

 四つ目のとある宗教色とは、世界の四大宗教の一つを指す。各話の最後にヤコブ、マタイ、使徒、創世記、コリント前書、ヨブ記の言葉が引用されるだけでなく、文中にもニコの台詞として「人間はね、父に似せた姿として、六日目に作られた」「罪というのは、あなたたちのことが大好きです」「確かに海は美しい。これもまた、父が作ったものです」などと語られる。

 普通この手の言葉の引用は、ほぼ相手を助けるために発せられる。仮に窘める目的があったにしても、そこに救済の意図があることに変わりないだろう。

 それが本書では、どのように用いられているのか。ぜひ注目してもらいたい。

 ここまで本書を貫く共通点を、四つに分けて取り上げてきた。しかし実は、もう一つ「ミエル」という謎の存在が、各話の背後には隠れ潜んでいる。これは何なのか。

 さて、四つの共通点が当て嵌まるのは先述したように第一話から第六話までで、最終話「無欠の人」は明らかに異なる。本書の最大の特色が、実は最後に現れる。

 僕は第一話から第六話までを、完全にホラー小説として読んだ。そういう楽しみ方をした。それは間違っていなかったと、はっきり言える。

 ところが、最終話を読み進めるにつれ、むくむくと僕のミステリ嗜好が頭を擡げてきた。本書がホラーなのは紛れもない事実だが、もしかすると謎解きができるのではないか。そういう妄想に囚われたのである。

 誤解のないように書いておくと、合理性を重んじる本格ミステリの如く綺麗に謎が解けるという意味ではない。ネタばらしになり兼ねないので詳しくは記せないが、少なくとも二つの専門分野に於いて、本書の「ホラーな現象」に解を与えられるのではないか。そう僕は考えた。もっとも決して「解決」ではない。あくまでも二つの推理に基づく「二つの解釈」に過ぎないのだが……。

 これを「妄想」としたのは、そのためである。読者も同じような感じを受けるのか、無論それも分からない。そもそも著者が、そういう意図を持っていたかどうかも当然ながら不明である。

 ホラーとミステリの両方が好きな、ある作家の夢想と受け止めてもらう方が、この場合は良いのかもしれない。

 いや、やっぱり解釈は一つか。なぜなら『食べると死ぬ花』という最大の伏線が、目の前にあるのだから……。

新潮社 波
2023年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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