『ケインズ 危機の時代の実践家』
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ケインズの実像と時事的問題への関与
[レビュアー] 田中秀臣(上武大学教授)
ケインズは危機の時代の経済学者だ。不況になると決まってケインズの名前が出る。新型コロナ禍や最近の物価高でも頻繁に耳にした。政府が財政政策を積極的にやることを「ケインズ政策」とも表現する。伊藤宣広『ケインズ』は、今年で生誕140年を迎えたケインズの実像と特に時事的な問題への関与に焦点を当てた評伝だ。
同じ岩波新書では、伊東光晴『ケインズ』が半世紀を優に超えて愛読されている。伊藤版『ケインズ』は、この伊東版を超えることができただろうか。超えることは難しかったが、読者層によっては上回ったともいえる。伊東版は、ケインズのことをまったく知らなくても彼の生涯とともにその理論の核が理解できる。まさに入門書や新書の見本だ。だが、伊藤版は、ケインズや経済学をある程度知っている読者を想定している。その意味ではハードルは高い。だが、伊東版と伊藤版は相互に補完的だ。まず伊東版を読みそこから伊藤版を読むのがいいだろう。
本書のケインズ解釈は、第一次世界大戦の講和条約や世界恐慌での政策担当者としての活躍や、時事的問題特に金融経済での貢献に焦点を当てている。参考文献も丁寧で、ケインズの三十巻になる全集(邦訳もほぼある)を自分で読むときのガイドになるだろう。特に個々人が合理的だと思って行動しても社会全体では多大な損失(不況など)が起きるという「合成の誤謬」で、ケインズを一貫して理解する視点は斬新だ。