当事者でないと描けない鬼気迫るリアルさ
[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)
文芸誌12月号は、下半期芥川賞候補選出期間の最後となる号なので、各誌、新人作家の勝負作を投入してくる傾向があるように見える。そして数えたわけではないが、観測してきた経験から言うと、受賞作が出る率も高い。対象期間の早い段階で発表された作品は印象が薄れるため不利だ、というのもまことしやかに言われたりする。
12月号に掲載された候補に選ばれうる新人小説は9作品ほど。その中でいちばん有力そうなのは、朝比奈秋「受け手のいない祈り」(文學界)である。
朝比奈は手札の多い作家で、作品ごとに主題と手法を変えてきた。だが一貫している要素はあり、それは「医療」だ。朝比奈の本業は医師だから当然の話ではある(いまや作家のほうが本業かもしれないが)。
医師を主人公に据えて医療の現場を正面から扱った今作はいわば本道なのだが、このタイプの作品は、実は、デビュー作「塩の道」以来二作目だったりする。
大阪府の府境にある人口数十万の小都市、その地域で唯一となってしまった救急病院が舞台。そこで働く外科医の公河が主人公だ。
近隣の市立病院と、地域の基幹病院の医療センターも救急患者を受け入れていたのだが、激務に耐えかねて市立病院は撤退し、その分の急患が雪崩れ込んだために医療センターも機能を停止しつつある。すべての急患を受け入れざるをえなくなった公河の病院も、医師が次々に辞め限界が迫っていたが、公河ら残った医師たちの超人的働きでギリギリ持ちこたえていた。
比喩ではなく寝ずに働き続けオペに追われる公河は、不眠が24時間を過ぎ40時間に及び、ついには72時間を超える中で壊れていく。
医師当事者でなければ描けそうにない描写や実感、救急医療の実態などが鬼気迫るリアルさで押し寄せてきて息苦しいほどだ。
反面、添えられた、生と死、多数の救済と自己犠牲、肉体と精神といったテーマがリアルさと噛み合いきっておらず、ドキュメンタリーを読んだのに近い感触が残った。雑に言えば「文学になっているか」という話だが、この半期でも出色の作であることは疑いない。