『一人一殺』
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<書評>『一人一殺 血盟団事件・首謀者の自伝』井上日召(にっしょう) 著
[レビュアー] 斎藤貴男(ジャーナリスト)
◆時代の破壊目指した魂
大胆きわまる連続テロ計画が、まるで日常生活の一コマでもあったかのように、淡々と書き進められていく。標的どもは総選挙に気を取られて警戒を怠るだろうとして、
<乗ずべき好機はこれを措いてない、と私は考えたのだ。そして、実行方法は一人一殺主義をとり、(中略)同志相互の連絡を禁じ、拳銃・資金は直接私から手渡す、などの一般方略を決定した>。
1932(昭和7)年の2月と3月に、前蔵相・井上準之助および三井合名理事長・團(だん)琢磨を暗殺した「血盟団事件」の首謀者が、獄中で認(したた)めた自伝である。新たな戦前と囁かれる中で復刊された。
当初は20人もの命を狙った日召らの行動は、直後に決行される5・15事件の“第一幕”でもあった。やがて2・26事件に続く一連のテロとも合わせ、今日に至る同時代史も見えてくる道理。現代人必読の第一級資料と言える。
近代化をひた走る明治の日本に生を受け、煩悶(はんもん)し続けた青年が、アイデンティティの喪失をいかに克服せんとしたのか。事後の「建設」には関心を示さず、ただ腐敗した時代の「破壊」のみを目指したとされる魂を、安易に“義挙”だと讃(たた)えてしまいがちな短絡に陥らず、虚心に知り、学ぶ姿勢こそを、具体的な動機は違えど、安倍晋三元首相暗殺事件を経験した私たちは今、求められているのではないか。
北一輝が、頭山(とうやま)満が、藤井斉(ひとし)が出てくる。大川周明(しゅうめい)や西田税(みつぎ)、安岡正篤(まさひろ)らを、著者がどこか軽く見ているように読めるのが興味深い。
日召は無期懲役の温情判決を受けた上、複数回の減刑により数年で仮出獄。1940年の紀元二千六百年祝典における特赦で判決自体が無効となって、「前科」さえ消えた。近衛文麿首相のブレーンに迎えられる顚末(てんまつ)と相成り、読者を「なんという時代だったか」と呆(あき)れさせてくれる。
が、何のことはない。日召一派の中心にいた四元(よつもと)義隆は戦後も歴代首相の参謀であり続けたし、團琢磨を殺した菱沼五郎も茨城県の有力議員になり果(おお)せて、原発推進の旗頭となった。これが日本である。
(礫川全次解説、河出書房新社・3960円)
1886~1967年。戦後、公職追放後は農村青年への講演活動。
◆もう1冊
『テロルの昭和史』保阪正康著(講談社現代新書)。なぜ暴力が連鎖し破局に至ったのか?