『ふつうの相談』東畑開人著

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ふつうの相談

『ふつうの相談』

著者
東畑 開人 [著]
出版社
金剛出版
ジャンル
哲学・宗教・心理学/心理(学)
ISBN
9784772419833
発売日
2023/08/16
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『ふつうの相談』東畑開人著

[レビュアー] 鵜飼哲夫(読売新聞編集委員)

話して聞いて 心ほぐす

 誰にだって心はある。でも、心は目には見えず、触ることもできない。固まった筋肉は手でほぐしてあげられるけれど、固まった心を直接ほぐすことはできない。でも、自分をよく知る友人に「ふつうの相談」をするだけで心の痛みが消えることがある。学校や会社の相談窓口で話を聞いてもらって治癒することがあれば、精神分析やセラピーをしてもらうことで、いろんな思いでいっぱいだった心にゆとりが生まれることもある。

 本書は、様々な心の治療の相互の関わり、そもそも治るとはどういうことかについて丁寧に分析しつつ、「ふつうの相談」の特色を示した論文である。

 論文だからといって怖(お)じ気(け)づく必要はない。著者は、臨床心理士・公認心理師という専門家だが、大学院を修了して精神科クリニックに勤めた後、心の治療者のフィールドワークを始め、沖縄で謎のヒーラー(民間療法家)の取材をしながら自ら治療を受けたこともある。この体験は、9月刊の『野の医者は笑う 心の治療とは何か?』(文春文庫)に軽快に描かれているが、専門の枠に縛られない著者だけに、本書でも心のケアの全体像をぐっと鳥瞰(ちょうかん)できる。

 学者の専門知は世間知らずになりやすく、現場知は閉塞(へいそく)しやすいという。上意下達が伝統になっている現場の「ふつう」が、いかに常識外れになりがちかは、報道でもよく指摘されている。では、世間知がいいかというと、大人に相談するとよくあるように、その人の過去の成功体験に縛られ、閉塞しやすい。

 こうして著者は「知とは複雑な現実をシンプリファイする装置だから、そこには常に単純化による暴力が潜んでいる」と喝破する。だからこそ知となる前の「ふつうの相談」の見直しが大切なのだ。

 「どんな人もケアされ、ケアすることで生きている」と、かつて東畑さんは記者の取材に語っている。誰かが困ったときに話を聞いてあげ、自分が困ったときに誰かに話を聞いてもらえる「ふつうの相談」は、人が人であるためにとても大切なものなのだ。(金剛出版、2420円)

読売新聞
2023年12月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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