『グリーンランド』
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『グリーンランド 人文社会科学から照らす極北の島』高橋美野梨編
[レビュアー] 小泉悠(安全保障研究者・東京大准教授)
先住民、歴史…多角的に
グリーンランドとは一体何なのか。このような疑問が湧いたのは、本書の編者である高橋美野梨氏とともにデンマークを訪れた際のことである。デンマーク領であることはたしからしいのだが、グリーンランドについて語るデンマーク人たちの口ぶりは複雑なもので、独立国なのか自治領なのかどうにも判然としない。
こうした積年の疑問を解消すべく、本書を手に取った。高橋氏を含めた9人の専門家がさまざまな角度からグリーンランドについて論じた、本格的な研究書である。
グリーンランドの政治的位置付けについての章から読み始め、ここで評者の疑問にはある程度の答えが出た。素人なりにまとめるなら、帝国的統治の中心であった本国と、かつての植民地であったグリーンランドやフェロー諸島から成る「共同体」として再定義されたのが現在のデンマークという政治体制なのだ、ということになろうか。
なるほど門外漢には一朝一夕には理解し難い関係性であり、この点をわかりやすく学べる一冊としての意義が本書にはまず指摘できるだろう。同じ旧植民地であったフェロー諸島との差異も興味深い。
ただ、本書の魅力はそこに留(とど)まらない。グリーンランドに生きる先住民の世界観や文化とその変容、それでも残り続ける独自の精神性などが、歴史的知見とフィールドワークの中から描き出されており、ここに地政学的位置が生む大国間政治まで絡んでくる。
目次だけみるといかにも難しそうに見えるが、記述は平易で、誤解を恐れずに言えば、読み物としても楽しむことができた。個人的には、鯨をめぐる儀礼の衰退とその原因を考察した第6章を特に興味深く読んだ。各章に二つのキーワードを設定し、これを「×」で繋(つな)ぐという編者の工夫も生きている。冬休みの読書にうってつけの一冊としてお勧めしたい。(藤原書店、3960円)