『互換性の王子』
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『令和ブルガリアヨーグルト』
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[本の森 仕事・人生]『互換性の王子』雫井脩介/『令和ブルガリアヨーグルト』宮木あや子
[レビュアー] 吉田大助(ライター)
睡眠改善に繋がるという某飲料の大ヒットで、乳酸菌への注目がますます高まっている。その波は、エンターテインメント小説界にもやって来たようだ。
雫井脩介の『互換性の王子』(水鈴社)は、ユニークな初期設定を採用したサスペンスとして幕を開ける。中堅飲料メーカー「シガビオ」の創業社長の御曹司・志賀成功が、何者かによって地下室に監禁された。ふいに解放された半年後、出社してみると事業部長のポストは異母兄・実行に奪われていた。全ては異母兄の仕業なのか? その謎とサスペンスを維持したまま、物語はお仕事モノとして再起動を果たす。成功は営業部の平社員のポストに回され、自社商品の売り込みの仕事に就く。御曹司はおぼっちゃま感覚を脱ぎ捨て、仲間たちとスクラムを組んで、社長から課せられたノルマ達成のために汗を流す。
お仕事モノとしての白眉は、乳酸菌を使った新商品のアイデア会議の場面だ。登場人物それぞれのキャラクターと商品案がしっかり結び付いているからこそ、ディテールへのこだわりに満ちた議論を無理なく追いかけることができる。商品名やキャッチコピーに対する丁々発止のやり取りからは、消費者は乳酸菌と一緒に、言葉も摂取しているんだと考えさせられた。産業スパイが絡んでくる、ライバル社との新商品対決は白熱の一言だ。と同時に本作は、オーナー一家の関係性を描いた家族小説でもあり、成功と実行の異母兄弟に二人のヒロインを加えた、四角関係のラブストーリーとしてもぐんぐん熱を高めていく。冒頭の監禁事件の、犯人の動機にまつわる伏線回収も見事。贅沢なエンターテインメント大作となっている。
宮木あや子の『令和ブルガリアヨーグルト』(KADOKAWA)は、タイトルからも明らかな通り、某ブルガリアヨーグルトを製造販売する会社がモデルのお仕事小説だ。
岩手出身ゆえの訛りがチャーミングな朋太子由寿は、「株式会社明和」に新卒入社した。一年目は大阪支店で販売について学び、二年目で東京本社の広報部に異動となり社内報の制作を担当。「明和ブルガリアヨーグルト五十周年」特集のために、関係者へのインタビューを行っていく。さらには、乳酸菌の歴史が乳酸菌の一人称語り(!)で描かれ、ブルガリアという国家の歴史は由寿が愛読する作中作の乳酸菌擬人化小説(?)で記録されることにより、おもしろおかしく専門知識を深めていくことができる。
もちろん、本作はただの業界裏話小説ではない。仕事を通して得た学びを現実に適用することで、人生を変えていくヒロインの物語だ。その学びとは、例えば――「乳酸菌を全力で愛しなさい。そうしたら乳酸菌は必ず応えてくれる」。名言を浴びて、愛を持って自分の仕事をしようと焚き付けられた。