『バロック美術』
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『バロック美術 西洋文化の爛熟』宮下規久朗著
[レビュアー] 小池寿子(美術史家・国学院大教授)
「バロック」とは、ポルトガル語の「歪(ゆが)んだ真珠」(バローコ barroco)に由来する。その名の通り、歪みと魅惑的な輝きをもつ芸術様式である。調和と均整を重んじるギリシア・ローマ芸術、いわゆる古典に倣ったルネサンスが変質を遂げたあとに開花した大輪だ。バロック興隆の背景には、宗教改革と対抗カトリック改革をはじめ宗教的政治的な大変革があり、ペストや度重なる戦争など天災人災も大きな影響を及ぼした。
本書は、この複雑多様な芸術の本質を聖、光と陰、死、幻視と法悦、権力、永遠と瞬間、増殖の7テーマで解説する。芸術は自力で展開せず、必ずや時代背景がある。と言いたいところだが、バロックについては、自己増殖的に世界中に繁茂した。中南米をも包含したバロック芸術の総覧である本書は、200点を超えるカラー図版が雄弁に建築とその装飾としての絵画・彫刻の役割を明かす。情報量は多いが、まさに饒舌(じょうぜつ)なバロック芸術そのもの。「世界がもっと寡黙で不鮮明だったとき、聖堂には、声高なほどの雄弁さと幻惑的なほどの仕掛けが必要とされた」。心に響く言葉だ。(中公新書、1375円)