『第三の波 20世紀後半の民主化』サミュエル・P・ハンティントン著

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第三の波

『第三の波』

著者
サミュエル・P・ハンティントン [著]/川中 豪 [訳]
出版社
白水社
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784560093894
発売日
2023/12/04
価格
3,960円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『第三の波 20世紀後半の民主化』サミュエル・P・ハンティントン著

[レビュアー] 櫻川昌哉(経済学者・慶応大教授)

民主化と宗教 今読む意義

 この書は、『文明の衝突』で一世を風靡(ふうび)したサミュエル・P・ハンティントンによって、民主化をテーマとして1990年代初頭に出版された著作の翻訳版である。著者によれば、民主化は、歴史的に一本調子に拡大したのではなく、拡大の波と揺り戻しを繰り返しながら漸進的に進んできた。70年代に始まり90年頃まで続いた民主化のトレンドを“第三の波”と捉え、この時期に民主化した35カ国を詳細に追跡している。

 第三の波で民主化した国々の多くは当時の発展途上国であり、著者は、経済的豊かさがある水準に到達したことが民主化の主要な要因であったとしている。しかしながら、経済的に豊かになりさえすれば、ほぼ自動的に民主化できるのかと言えば、それほど簡単ではないと述べる。経済学の世界においても、経済的豊かさが民主化を促すという因果関係は確認されるには至っていない。

 著者は、宗教と民主主義の関係を重視する。この時期、民主化した国の多くはカトリックの国である事実に注目する。個人の自由と独立を尊重するキリスト教は民主主義と相性がいいとしつつ、イスラム教や儒教の規範が社会を支配する国が民主化するのは難しいとも述べる。

 この書のもう一つの読みどころは、民主主義の意味について語っているところである。著者は、民主主義の創り出す価値とは、個人の自由の拡大、政治の安定、世界の平和にあるとし、国際的に民主主義が拡大すれば、国際的な暴力から自由な世界になると期待を寄せる。

 出版されてから30年余の時を経て、民主化の現実はどうなったであろうか。数の上では民主化した国は増えたが、著者の懸念通り、豊かになった国から順調に民主化したわけではない。イスラム国家の民主化に挑んだ「アラブの春」は失意の中に沈み、儒教的価値観で民主主義に対抗する中国は巨大国家に成長している。

 90年代初頭に出版されたこの書の現代的な意味は大きい。権威主義が台頭する今、改めて民主化論の古典をぜひ読むことをお勧めしたい。川中豪訳。(白水社 3960円)

読売新聞
2024年2月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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