『オリンピア』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
「平凡な」オリンピック選手一族の苦難と再生のファミリー・ヒストリー
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
ドイツからカナダに移り住んだ家族三代の喪失と救済の物語は、カナダで生まれた孫世代のピーターの視点で語られる。
ピーターの祖父はセーリングの、祖母は飛び込みの選手で、ベルリン・オリンピックで出会い、結婚する。父もセーリングのオリンピック選手で、妹のルビーは体操でオリンピックをめざす。ピーター自身も身体能力が高く、つまり「超人」アスリートの一族なのだが、この連作短編の中でオリンピックはあくまで背景で、一種の時間軸のような扱いである。
描かれるのは、運動能力にすぐれてはいるが、オリンピアンとしては特別ではない人たちのおもに競技以外の人生だ。ユダヤ系の家族なので二度の戦争での経験が家族の歴史に深く刻み込まれている。戦争の記憶は彼らを結びつけるというより分かつ方向に働く。
「超人」たらんとする人間の限界を見せつけるように、人間の力ではどうしようもない不可抗力としての水と嵐がくりかえし描かれ、小説に叙事詩のような印象を与えている。
三十五年目の結婚式を湖上のボートであげようとした祖父母のロマンティックな思いつきは、高速艇が起こした波によって祖母の死という悲劇的な結末を迎える。
白血病になった妹の闘病を支援するため、ピーターはプールに浮かぶ時間の世界記録を打ち立てて募金をあつめようとするが、その日の雨は、百年以上ぶりの洪水被害を街にもたらすのだ。
喪失を抱えたピーターは、二人の女性のあいだを揺れ動き、流されるようにしてスペインのマドリードにたどりつく。カナダでは戦争難民の手助けをしていたが、マドリードでは異邦人の立場だ。そんなピーターを両親が訪ねてくる。
水と嵐に翻弄された家族の物語がどう展開するのか予想がつかないまま、思いがけないラストに快く裏切られた。