『聖母の晩年 中世・ルネサンス期イタリアにおける図像の系譜』桑原夏子著

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聖母の晩年

『聖母の晩年』

著者
桑原 夏子 [著]
出版社
名古屋大学出版会
ジャンル
芸術・生活/絵画・彫刻
ISBN
9784815811419
発売日
2023/12/25
価格
16,500円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『聖母の晩年 中世・ルネサンス期イタリアにおける図像の系譜』桑原夏子著

[レビュアー] 岡本隆司(歴史学者・早稲田大教授)

最期の絵・物語 千年たどる

 「マドンナ」「ノートル・ダム」といえば、評者はまず歌手・学校を思い浮かべてしまう。もちろん原義は聖母マリアであるけれど、そう聞いても、やはり通り一遍のイメージしかわかない。クリスチャンでない身で、キリスト教にもまるで無知だからである。

 さりながら、そのイメージの源泉・聖母の画像に知られざる歴史があるなら、歴史家は学ばねばならない。本書は「聖母の晩年」を描く絵画のいわれとゆくえを、一千年にわたって跡づけた、一千頁(ページ)に垂(なんな)んとする大作である。

 マドンナの最期は、聖書に記述がない。「神の母」に対する崇敬から、その晩年を創作した外伝ができ、その物語を画像化した絵画とともに、東から西へ、13世紀末のイタリアまで、地中海圏各地にひろまった。

 残る図像もまちまちなら、応じる物語もまちまち、個々の画像分析だけでは、とても実情はわからない。図像の様式、各地時々の思想・慣習、その社会と画家の結節を知る必要がある。作業と叙述が厖(ぼう)大(だい)になるのは必然だった。

 見のがせないのは、14世紀前半の南北イタリア、文学のダンテと並び称せられる画家ジョットの登場である。かれの「新奇な」図像の創成と伝(でん)播(ぱ)が、ルネサンスにつづく新局面を切り開いた。

 聖母晩年伝は14世紀の後半以降、宗教・政治の諸施設で画像の制作がつづいた一方、慈善事業とあいまって個人のためにも描かれる。聖母の存在はかくて、いっそう身近と化した。

 やがて対抗宗教改革とバロック美術の登場で、聖母晩年伝の画像がカトリックで姿を消し、被昇天という栄光の瞬間を単独で描くにいたる。

 数多の聖母晩年伝画像の周到緻(ち)密(みつ)な論証でたどった一千年は、14世紀の転機とルネサンス以後の変動など、歴史家の描く史実過程に即応する。それなら被昇天への純化が、地中海の沈下と西欧の勃興、世界システムへの発展と並行するのも、そうなのか。マドンナはあらためて世界史を考えるよすがになりそうである。(名古屋大学出版会、1万6500円)

読売新聞
2024年2月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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