『新訳 平和の経済的帰結』
- 著者
- ジョン・メイナード・ケインズ [著]/山形 浩生 [訳、解説]
- 出版社
- 東洋経済新報社
- ジャンル
- 社会科学/経済・財政・統計
- ISBN
- 9784492315576
- 発売日
- 2024/01/10
- 価格
- 2,640円(税込)
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『新訳 平和の経済的帰結』ジョン・メイナード・ケインズ著
[レビュアー] 岡本隆司(歴史学者・早稲田大教授)
警鐘の書 現代の読者に
評者は東洋史家だから理論経済学とは、職業上およそ無縁である。だからケインズの著述を読む義務も資格もない。にもかかわらず愛読してきたのは、ただただおもしろいからである。そして本書は歴史としても出色の作品だった。
舞台は1919年のパリ、第一次世界大戦の講和会議である。ケインズもイギリス代表団・財務省代表として参加し、結果に「絶望し、辞表をたたきつけ」て帰国する。
まもなく講和条約に対する批判を公にした。それが本書である。出版当初からベストセラー、ケインズの名を世に知らしめた。しかも自説どおり、不幸にして二十年の後、第二次大戦に突入したから、世界に警鐘を鳴らした予言の書としても著名である。
「本書は決してむずかしい本ではない」。しかしさすがに「時代は流れて」「理解しづらい」ので、「なるべく現代の読者にも読みやす」くした「新訳」である。確かに「読みやすい」けれど、旧訳世代には違和感も残った。
たとえばフランス首相クレマンソーの肖像は、かねて圧巻と感じていた彫(ちょう)心(しん)鏤(る)骨(こつ)の描写である。ところが同じ原文のはずなのに、どうも印象が一致しない。訳者は「ネチネチした意地の悪い人物描写」のつもりで訳出したとの由。
ケインズは第一流の経済学者である。しかし学究とはいいがたい。財務官僚にして投資家、文化人であると同時に論争家でもあって、多彩な言動で世を騒がせた。身分的には貴族のはしくれだったかれも、社会的な進退では俗人というにふさわしい。
貴族的な旧ヨーロッパ流の政治交渉術は、世界経済全体の新たな構造と合致せず、「平和」は四半世紀も保(も)たなかった。貴族にして俗人なればこそ、見通せた将来だったのかもしれない。このたびの「新訳」で「現代の平民野蛮人」が歴史と将来を架橋できるなら、高貴な俗人・ケインズも以(もっ)て瞑(めい)すべきだろう。山形浩生訳。(東洋経済新報社、2640円)