<書評>『萩尾望都がいる』長山靖生 著

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萩尾望都がいる

『萩尾望都がいる』

著者
長山靖生 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784334046200
発売日
2022/07/13
価格
1,078円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>『萩尾望都がいる』長山靖生 著

[レビュアー] 中条省平(学習院大学フランス語圏文化学科教授)

◆「国民作家」の先駆性浮き彫り

 萩尾望都のマンガ世界全体を一冊の本でここまで明快に見渡した批評は初めてだ。

 しかも、全編に萩尾望都という創造者への愛情と畏怖が満ちている。著者は、萩尾を、三島由紀夫や司馬塚太郎クラスの「国民作家」であり、手塚治虫や宮崎駿よりも新しい、この半世紀の日本の現実と理想の模索を代弁してくれる存在であると断言する。

 萩尾が日本マンガに決定的な刻印を残したのは、一九七〇年代の『ポーの一族』と『トーマの心臓』によってだ。

 前者は、永遠に生きる宿命を背負う吸血鬼の流離譚(たん)、後者は、寄宿舎に集う少年たちの愛と友情の葛藤の物語だった。著者はここに、時を超えて生きる少年という主題を見出(みいだ)す。現実では少年の時は一瞬だが、その未完の希望を永遠に抱きつづけることに救済を探る。その希求がこの二作には共通しているという。

 しかも、少年は男でも女でもない。萩尾作品の根底には、ジェンダーを超えて人間を見つめるまなざしがある。この視点は、男しかいない世界で、生命とは何かを問う『マージナル』という作品につながっていく。八〇年代に描かれた『マージナル』は、現代のLGBTなどジェンダー問題の先駆的な実験作なのだ。

 本書の論述は、萩尾個人の作品にとどまらない。萩尾は、昭和二十四年前後に生まれた多彩な少女マンガ家たち、いわゆる「花の二四年組」に属するが、その「花の二四年組」について、著者は実証的に検討を重ね、そこに至る日本マンガ史を七ページ(!)に凝縮する。細かい分析を行いながら、ときに大胆な見取り図を示す勇気に感心する。

 他にも、日本のSF少女マンガに占める萩尾の大きな位置を明確に示したり、萩尾作品の親子のドラマに、萩尾個人の両親との関係が投影されていることを解き明かしたり、アプローチは広範にわたる。

 その上で、他者の多様性を認めながら、自由を求める個人の孤独を恐れないという、萩尾の根源的なモチーフを浮き彫りにする。著者の問題意識そのものが、萩尾作品と同様に、潔く倫理的なのである。

(光文社新書・1078円)

1962年生まれ。評論家、歯学博士。『日本SF精神史』『千里眼事件』など多数。

◆もう1冊

萩尾望都著、矢内裕子・聞き手、構成『私の少女マンガ講義』(新潮文庫)

中日新聞 東京新聞
2022年9月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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