<書評>『忘れられない日本人 民話を語る人たち』小野和子 著
[レビュアー] 平田俊子(詩人)
◆味わいと温もりに満ちた生涯
「民話を聞かせてください」。そういって著者は農村の見知らぬ家を訪問する。すげなく断られることもある。「民話は知らない」といわれることもある。くじけそうになりながらも粘り強く家から家へと歩くうち、探し求めていた人とようやくめぐり逢(あ)う。
民話の「採集」や「採話」ではなく、「採訪」という言葉を著者は使う。1969年、30代半ばの著者は1人で採訪を始めた。地縁血縁のない土地で、肩書を持たぬまま。以来半世紀にわたり、自身の住む宮城県を中心に東北各地をまわってたくさんの人と出会い、民話を集めてきた。その経緯は感動的な前作『あいたくて ききたくて 旅にでる』に詳しく描かれている。
炉端や寝床で、父母や祖父母が語る民話を聞いて育った子どもたち。中高年になったあと著者と出会い、覚えるともなく覚えた民話を請われるままに一つまた一つと語り始める。著者との交流がきっかけで、民話と深く関わるようになった人もいる。『あいたくて-』の姉妹編のような本書には、著者にとって特別な存在となった男女8人の人となりや暮らしが、民話とともに綴(つづ)られている。
佐藤とよいさん、小松仁三郎さん、佐藤玲子さん…。明治や大正、一番若くて昭和12年生まれの8人は、食べ物や労働や家族との別れなどの苦労を重ねてきた。もちろん戦争も体験した。しかし著者が描く一人一人の生涯は、歳月に醸されて民話のような味わいと温(ぬく)もりに満たされている。
民話とは何か。語りとは、人間とは何か。著者は繰り返し自問してきただろう。そうしながら語り手との交流を重ね、信頼関係を築いてきた。本書から浮かび上がるのは語り手と聞き手との驚くほどの信頼の強さだ。
本書のタイトルは宮本常一の『忘れられた日本人』を連想させる。それは承知の上で「これ以外は考えられなかった」と著者はあとがきに記す。亡くなったあとも脳裏を去ることのない大切な人たちへの敬意や思慕が、このタイトルには込められているのだろう。
(PUMPQUAKES・3520円)
1934年生まれ。民話採訪者。著書『みちのく民話まんだら』など。
◆もう一冊
『遠野物語』柳田国男著(新潮文庫)