『柳宗悦の視線革命 もう一つの日本近代美術史と民芸の創造』西岡文彦著

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柳宗悦の視線革命

『柳宗悦の視線革命』

著者
西岡 文彦 [著]
出版社
東京大学出版会
ジャンル
芸術・生活/芸術総記
ISBN
9784130830843
発売日
2024/01/09
価格
4,950円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『柳宗悦の視線革命 もう一つの日本近代美術史と民芸の創造』西岡文彦著

[レビュアー] 小池寿子(美術史家・国学院大教授)

文芸地殻変動の中の宗悦

 この数年、民芸熱が密(ひそ)かに高まり展覧会も多い。コロナ禍によって室内で過ごす時間が多くなったためというが、一過性のブームではなさそうだ。普段使いの器や家具、インテリアを含めて自分らしさで演出できる住空間へのこだわり、地方への移住や農業などへの取り組みが、民芸へのまなざしとリンクしている。

 本書は、日本における民芸運動の創始者柳宗悦(1889~1961年)に関する論考だ。柳については、全集をはじめ多くの書がすでに出版されているが、本書の特徴は、柳が生きた時代、とくに明治末期から昭和初期の西洋の芸術動向との関連の中に位置づけることにある。

 宗教哲学者であった柳は、1910年(明治43年)創刊の文芸雑誌『白樺』の同人となり、西洋美術の早期の紹介に大いに寄与した。李朝陶磁器に心惹(ひ)かれる一方、日本各地の手仕事を調査・蒐(しゅう)集(しゅう)し、36年に日本民芸館の開設に至る。

 ところで、1910年は西洋近代絵画の分(ぶん)水(すい)嶺(れい)となった「マネとポスト印象派」展がロンドンで開催された年である。印象派以降の画家たち、つまりセザンヌ、ゴッホ、ゴーギャンやスーラ、ドニ、マティスらを紹介し、ピカソまでの系譜を繋(つな)いだこの展覧会は、従来の自然の表現とは異なる造形の系譜を打ち出した画期的な企画であった。本書は、この年をひとつの基軸として日本、東洋、西洋の文芸の地殻変動の中に柳を位置づけようとする試みだ。著者はそれを「全球的感応」とし、日本のアイヌや沖縄への眼(まな)差(ざ)し、朝鮮併合など政治的問題を背景にした民芸の価値付けに留(とど)まらず、全球的柳宗悦像を提示する。浩(こう)瀚(かん)な参考文献が付され、本書構想の形成には膨大な研究が連なっていることがわかる。

 中でも通奏低音となっているのは、柳の妻で声楽家の兼子への愛、「もの」の本質を見極める「直観」力、そして直観を活(い)かしたキュレーション(展示の企画)の革新性であろう。民芸の系譜、柳宗悦の生き方、そして芸術を介した世界的文化交流、ひいては文化受容のあり方を考えさせられる一書である。(東京大学出版会、4950円)

読売新聞
2024年5月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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