「何をやってもダメな太った中年男」が主人公なのにページをめくる手が止まらない!映画化もした『シッピング・ニュース』の魅力

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シッピング・ニュース

『シッピング・ニュース』

著者
E・アニー・プルー [著]/上岡 伸雄 [訳]
出版社
集英社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784087604085
発売日
2002/02/20
価格
984円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

主人公は中年の冴えないダメ男 地味な作品なのに無類の読後感

[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)

『シッピング・ニュース』は全米図書賞とピュリッツァー賞を受賞し、日本では’96 年に出版。アメリカの代表的な文学賞をとった小説だが、いい意味で期待を裏切られた。劇的でも重厚でもない地味な物語。心揺さぶられる感動も胸を締め付けられる哀切さもない。衝撃的な話でもない。主人公は何をやってもダメな太った中年男。クスッとしたり同情したりするほどではない中途半端なドジ(笑)。劣等感ばかりで無気力。魅力のない主人公なのに、なぜかページをめくる手が止まらない。文体の魔法にかかったとしか言いようがない。テキパキと繰り出される短いセンテンス。簡潔だが詩的で美しい。臨場感もある。あっという間に読み終え、いい小説だったなぁという満足感。原文の魅力がこれほど伝わるのは、翻訳の上岡伸雄氏の力だろう。

 ニューヨーク州の小さな町の三流新聞の三流記者クオイル(映画では新聞社の印刷インク交換係)。妻が浮気相手と交通事故死し、失意の彼は子供と叔母と共にクオイル家先祖の地カナダのニューファンドランド島に移住。地元紙の記者となり、船の出入り=シッピングニュース担当に。心惹かれる出会いや書いたコラムの好評などで、徐々に自信を取り戻してゆくのだった……。

 小説は39の短い章から成り、家庭や仕事場での些細な出来事や会話、深刻な事件、先祖の極悪非道な黒歴史、登場人物それぞれの辛い過去など、軽いものから重いものまでのエピソードがさらりとユーモラスな味付けで描かれる。脈絡のなさそうなエピソードがやがて繋がり、北大西洋に面した島の厳しい自然の中で暮らす人々の心のありようが見えてくる。

 映画『シッピング・ニュース』は’01 年。暗く荒れた海や極寒の貧しい島の様子が映像だとリアルに迫る。そのため、原作の軽やかさは若干だが失われた。クオイル役はケヴィン・スペイシー。太ったダメ男というよりは気弱な男という感じ。でも、ジュリアン・ムーア扮する子持ちの独身女性に車のドアを開ける仕草や彼女とのキスシーンは様になりすぎ。スターのオーラは隠せないのね(笑)。

新潮社 週刊新潮
2024年5月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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