『コレクターズ・ハイ』村雲菜月著
[レビュアー] 池澤春菜(声優・作家・書評家)
「推し活」の果ての暴走
言葉が生まれると概念が定着する。今では当たり前に使われる「推し」は一九九〇年代後半から使われ始めたという説がある。
近年になって言葉は加速し、誰にも推しがいて、推しを推す自分を肯定的に受け止めて、推しを推す者同士で繋(つな)がって、推しを推すエネルギーで自分を前にドライブさせる。だけどそこには推しで埋めるしかない空白があるようにも感じる。
カプセルトイの会社に勤める私こと三川は、なにゅなにゅと呼ばれるキャラクターにハマっている。部屋はなにゅなにゅグッズで埋まり、あらゆるグッズをコンプ(全て入手)することが今の三川の生きがいだ。どうしても自分では取れないクレーンゲームの景品は、クレーンゲームオタクの森本に頼んで取って貰(もら)う。報酬は、頭を撫(な)でさせること。そのために髪オタクの美容師品田のサロンに通って、美しい黒髪ストレートに整えて貰うことも怠らない。
なにゅなにゅで埋まった穴は、すぐにまた空っぽになる。新しいグッズは無限に出てくる。コンプ出来なかったグッズが三川の未練と妄執となる。何かと引き換えに何かを渡す。自分にとっては価値がない、どうでもいいと思って渡していたもののはずなのに、自分の中がどんどん空洞化していく。
完璧だった三人のバランスは、小さな綻びから歪(ゆが)み始める。愛するものを交換し合い、お互いに満たされる完璧に幸せな共生関係だったはずなのに、それが支えきれなくなってからの後半の疾走感はもはやホラーだ。
好きだという気持ちに、きっと善悪はない。けれどあの人より好きだ、あの人より集めたい、となったときに、好きは暴走し、執着になる。自分の好きを満たすために他の人の好きを利用し、搾取し、踏みつけていることに気づけない。
「推し活」にはまっている人、何かを集めている人、空白を抱える人に読んで貰いたい小説。(講談社、1485円)