■1-9 そういう方向性の怪しさではない

幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする

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前回のあらすじ

「今日のところは、帰りましょう」「うまくいく時と、そうでない時があるの」この人はどうやら本気らしい。心霊現象なんて言い方次第でどうにでもごまかせるものをわざわざ失敗するのは、人を騙すときの態度ではない。

イラスト/土岐蔦子
イラスト/土岐蔦子

■1-9 そういう方向性の怪しさではない  

 その晩、夕飯を食べ終えた頃、俺はハルさんに電話をかけた。
 重要な意思決定をするときは一晩くらい寝かせておいたほうがいい、ということをコンビニの自己啓発本で読んだけど、そういうコンビニエントなノウハウばかり集めて生きてきた人生の 舵をちょっと回す必要がある、とその時は思っていたので、あえて破ってみることにした。
 口頭で教わった電話番号(ハルさんは名刺のようなものは持っていないらしい)を打ち込む と、トルルルル、トルルルル、ガチャッ、と音がして、
「はい。鵜沼うぬまです」
「ハルさんですか。今日お会いした谷原たにはらゆたかですが、あの、バイトについて俺なりに…」
「母にご用ですか。すぐお呼びしますね」
 という声と、遠ざかっていく足音が聞こえた。女性の声だった。
…失礼しました」
 と、俺は聴者のいない声を送った。固定電話だというのは番号を見ればわかるのに、つい本人が出ると思い込んでしまった。
 そういえば、ハルさんが俺の一族郎党にやたら詳しいわりに、俺はハルさんの素性をろくに知らない。家族構成に関する社会的マナーはどんなのがあっただろう。確か「結婚した夫婦に子供はまだかと聞いてはいけない」てのがあったな、と考えている間に、
「お母さーん」
 と呼ぶ声が、回線ごしに響く。
 しばらく無音。
 階段を登る足音。
 また無音が続く。かすかに秒針の音がする。
 ハルさんが本当に「ひいばあちゃんの友達」ならば、この女性は富子とみこばあちゃんと同世代ということになる。電話声では年齢まではわからないが、足音はあまり年寄りらしくない。少なく とも富子ばあちゃんは、階段をそんなにスタスタと登れない。
 ふたたび足音が聞こえた。今度は降りてくる音だ。
「申し訳ありません。ただ今、鵜沼ハルは電話に出られない状態です。なにか伝言があれば、わたしの方からお伝えしておきますが」
「あ、そうでしたか」
 と言って、少し考えて、
「できればご本人に直接申し上げたいことなので、後でかけ直してよろしいでしょうか」
「おそらく今夜中には戻らないと思います。明日以降に本人から折返しお電話いたしますね」
「え? はい、わかりました」
「はい。では失礼いたします」
 ガチャッ、と受話器の置かれる音がした。