家康の思案と絶妙な配置で江戸の町をつくったひとびと

レビュー

0
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

家康、江戸を建てる

『家康、江戸を建てる』

著者
門井慶喜 [著]
出版社
祥伝社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784396634865
発売日
2016/02/09
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

家康の思案と絶妙な配置で江戸の町をつくったひとびと

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

「江戸城東部を南流するこの細流は、隅田川と呼ばれることになる。/のちに江戸随一の歓楽街となり近世文化の花をひらかせた吉原遊郭も、歌川広重の描いた納涼花火の両国橋も、あるいは明治から昭和時代にかけての小説家・永井荷風がこのんで散歩した墨東の辻々も、もとはといえば、みなこの伊奈流の工事が基礎となっている」と、こんな蘊蓄を披瀝されながら、江戸治水工事のことを語られるとたまらない。

 近年、歴史時代小説に進境著しい門井慶喜の『家康、江戸を建てる』からの引用である。

 この一巻は、いわゆる“関東の連れ小便”による秀吉の命で、豊かな現在の所領、駿河、遠江(とおとうみ)、三河、甲斐、信濃と、水びたしの低地ばかりが広がる関東を交換させられることになった家康が、この地を拓いて徳川二百六十年の基礎をつくっていくさまを、時に諧謔的な文章を駆使して描いた、何ともいえぬ快作である。

 物語は五話から成り、前述の治水工事からはじまって、貨幣鋳造、飲料水の確保、江戸城の石積み、天主の建設がメインとなる。

 ここで、さまざまな課題を割り当てられる面々も面白いが、ズバ抜けているのは、登場場面こそ少ないが、彼らを抜擢する家康の“人使い術”である。これがいかにも経営者の副読本的な仕上りとなっていると、私のような読者は嫌気がさすところだが、いずれも家康の確かな人間観照の上に成り立っているのでより深みを増す。そしてあるときは父子が、あるときは同志が、またあるときは反対の意見を持つ者が、これを闘わせながら、江戸の町をつくっていくのだから、これはバディ・ムービーならぬ、バディ・ノヴェルといえるかもしれない。

 武人であることを望まれていない伊奈忠次が三代にわたって、治水の時代を利水の時代へと転換させれば、決してへり下らず、おのれを恃(たの)む橋本庄三郎は、大坂=豊臣秀吉との貨幣戦争を勝ち抜き、感激屋の大久保藤五郎は、在の者・内田六次郎と反撥し合いながら遂に江戸の民々のための水を引く。さらに反目し合う石切の親方・吾平と喜三太(きさんた)は、工事の犠牲となった仕事仲間である与一の死を乗り越えていくことで石積みを完成させる。そして、二代将軍秀忠は、家康が何故、天主が白でなくてはならぬと命じるのか悩みつつ、工事の着工を命じる――。

 そして、その意味が分かったとき、ラストでこみあげる感動は比類がない。傑作との出会いを喜びたい。

新潮社 週刊新潮
2016年3月17日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加