[本の森 SF・ファンタジー]『家康、江戸を建てる』門井慶喜

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家康、江戸を建てる

『家康、江戸を建てる』

著者
門井慶喜 [著]
出版社
祥伝社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784396634865
発売日
2016/02/09
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『家康、江戸を建てる』門井慶喜

[レビュアー] 田口幹人(書店人)

 門井慶喜は、学術的なテーマや美術をモチーフとしたミステリー小説から、歴史上の人物をクローズアップした歴史小説まで、幅広い作風で読者を楽しませている。前作『東京帝大叡古教授』(小学館)では直木賞の候補となるなど、現在もっとも注目される書き手の一人だ。

 著者は、『シュンスケ』(角川書店)で、動乱の時代を駆け抜けた日本の初代首相である伊藤博文の青春を描き、『かまさん』(祥伝社)では、オランダ留学から帰国後、箱館戦争に敗れ降伏した榎本釜次郎武揚の半生を、彼の夢見た理想の国づくりを柱に据えて描いた。著者の歴史小説は、現代を反映させて描くことで、歴史を現代に置き換えて読むことができ、今の世を生きる者に刺激を与え心に豊かさをもたらしてくれる。

 そんな著者の新作『家康、江戸を建てる』(祥伝社)は、未開の地だった江戸を大都市に変える礎を作ることに奔走した男たちを通じて、新しい家康像を描いた連作集である。

 天正十八年(一五九〇)、徳川家康は豊臣秀吉から、関八州への領地の移転を提案される。小田原征伐での功績に報いるという名目の陰に、二四○万石という未開の地へ追いやり家康の力を削ぐという目的が透けて見える提案だった。反対する家臣団を抑え、国替えを受け入れた家康が、未開の地に描いた未来絵図を形にする男たちがいた。

 湿地や洪水対策として利根川の流れを変える治水事業を成し遂げた伊奈忠次。秀吉と共に繁栄を遂げた大坂に、小判という武器で戦いを挑むための貨幣事業に生涯をかけた橋本庄三郎。水源探しに奔走し江戸市中に飲み水を引き込むための水路整備を行い、利水事業を成し遂げた大久保藤五郎と内田六次郎。各藩が威信をかけて臨んだ江戸城の石垣積みに、命がけで挑んだ石切りの吾平。白一色の天守閣に込めた家康の想いを秀忠に伝えた、大工頭の中井正清。

 手に汗握る日本史上最大のプロジェクトに挑んだ技術者たちの奮闘の物語は、天下人としての家康ではなく、未開の地・江戸の未来を信じ突き進んだ家康の予見者としてのしたたかさと、戦の功績よりも能力を重視した人材登用をした家康の、内政能力の高さを描きだした。

 現代の技術は当時とは比べものにならないほど進化発展した。しかし、今の社会を覆う手詰まり感と閉塞感の元凶はなんだろう。本書を読むとその一端を感じることができる。

新潮社 小説新潮
2016年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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