春に始まり春に終わる カナダ開拓農家の名作叙事詩

レビュー

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白き処女地

『白き処女地』

著者
Hémon, Louis [著]/山内 義雄 [訳]/ルイ・エモン [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784102500415
価格
76円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

「白き処女地」

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

 手元にあるのは一九五八年発行の新潮文庫第四版。中学生の時に読んだ。その感動はいま読んでも変わらない。カナダのフランス系移住者である開拓農家の厳しい暮しが丹念に描かれてゆく。春に始まり春に終わる。一年間の小さな叙事詩。

 訳者は解説でいう。「《マリヤ・シャプドレーヌ》! フランス人であるかぎり、おそらくこの名を知らないものは一人もないだろう」。主人公の娘の名前。原題でもある。作者ルイ・エモン(一八八〇︱一九一三)はカナダに渡り、農業に従事し、その体験から本作を書いた。訳者によれば、小さな鉄道の駅で列車に接触し非業の死を遂げたという。三十二歳。まるで作中の、マリヤが慕う猟師の若者が吹雪の森で命を落とすように。

 死後、出版され大評判になり、一九三四年にはジュリアン・デュヴィヴィエ監督、マドレーヌ・ルノー、ジャン・ギャバン主演で映画化され、ギャバンの出世作となった。日本でも昭和十一年に公開。双葉十三郎氏が「名作」と評するなど、高い評価を得て、愛された。

 ケベックに住む一家は森のなかで暮している。父親と息子たちは木を切り、畑を作る。敬虔なクリスチャンである彼らは開墾を使命と考えている。時は二十世紀の初頭。都市では電車や車が走り、ビルが建つのに、彼らは祖先と同じ昔ながらの手作業の農業を続けている。

 四季の移り変わりが物語の流れを支えている。長い冬が終わり、春が来る。冬のあいだ山に入って伐採や猟をしていた男たちが里に戻ってくる。マリヤは猟師のフランソワに再会し、互いに成長した姿に驚き、惹かれ合う。二人は夏、森で野生の果実を摘む。みずみずしい恋。

 収穫の秋が来る。麦をはじめ穀類を取り入れる。それが終わると長く、厳しい冬が来る。恋人はすでに山に入った。マリヤは春の再会を待つが、若者は雪のなかで死んでゆく。

 大自然のなかの暮しは峻烈苛酷。働き続けてきた母親も病死する。嘆きは大きい。それでもマリヤが最後、この地で生きようと決意するくだりは素直に感動する。大地に生きる者への豊かな讃歌。

新潮社 週刊新潮
2016年11月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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