大澤真幸は『憲法の無意識』を読み著者があえて「謎」を放置した理由を考究する

レビュー

6
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

憲法の無意識 (岩波新書 新赤版)

『憲法の無意識 (岩波新書 新赤版)』

著者
柄谷 行人 [著]
出版社
岩波書店
ISBN
9784004316008
発売日
2016/04/20
価格
821円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

大澤真幸は『憲法の無意識』を読み著者があえて「謎」を放置した理由を考究する

[レビュアー] 大澤真幸(社会学者)

osawamasachi

 日本の戦後憲法には、世界史的に異例な条項、九条がある。日本人はそれを実行していない。では、なぜそれは残されているのか。本書はこのような謎の提示から始まる。
 実行もしない法をどうしても変えられないのは、それが、日本人の深い、無意識の内発性に根ざしているからだ。と言うと、ただちに常套的な反論が出てくるだろう。戦後憲法は強制されたものだ、と。
 だが、外的に強制されることと自発的であることとは必ずしも矛盾しない。本書のあとがきに引用されている、柄谷行人自身の過去の文章では、内村鑑三の例が紹介されている。内村は、札幌農学校に入学したとき、先輩にキリスト教を強制される。彼は、同級生の中で最も頑強に抵抗したが、最後には入信した。後に先輩たちはあっさり信仰を捨ててしまったが、内村はずっとキリスト教徒として活動した。最も深い内発性と外的な強制とが合致しているのだ。九条も同じである。

 だが、外的な強制を内発的なものに転換する仕組みは何だろうか。この点の説明にこそ、本書の創見がある。それはフロイトのいう「死の欲動」による、と。生物(有機体、複雑なもの)には、無機質的なもの(単純なもの)に回帰しようとする欲動がある。その欲動が外に向けられたときには攻撃欲動となる。それが内に向け変えられると超自我が形成される。九条は超自我の一種と見なすべきだ、というのが本書の主張である。
 だから、戦後憲法には、死の欲動に根ざした人類的な普遍性がある。しかし、なぜそのようなものが、まさにこの日本にあるのだろうか。普通、その原因は、戦争の反省に求められるが、もしそうなら、戦後世代が増えるにつれて、九条への執着は弱まるはずだ。しかし、そうはならない。
 柄谷によると、戦後の憲法(constitution、国制)の先行形態は、日本の歴史のもっと深いところにある。それこそ、徳川体制である。その体制が目指したのは、さまざまな禁止によって、攻撃欲動の発露を抑えることであった。徳川体制では、無機質的な社会状態(徳川の平和)が回復している。だが、明治以降(日本の)外へと向かう攻撃欲動が露出した。が、敗戦とともに、それがもう一度内側に向かった。その結果が憲法九条だというわけだ。
 だが、この説明で、普遍的なものがなぜこの日本に、という謎が消えるわけではない。徳川体制のようなものがどうして日本にあったのか、等と疑問が続くからだ。だが、おそらく、本書はあえて謎を謎として放置しているのである。もし謎を解消しようとすると、最後には、日本人という民族には、神や、あるいは大文字の〈世界史〉から託された特別な使命がある、という観念に行き着くことになる。神国や選民という観念に、である。
 しかし、このような観念をもってしまえば、「九条」にあった普遍性はたちまち消えてしまう。それは、日本人という歴史的に特殊な民族性に還元されてしまうからだ。なぜかわれわれは普遍的なものに呼びかけられている。その理由は謎であり、不可解だ。

 ***

『憲法の無意識』
柄谷行人の最新刊。日本国憲法に関わる「なぜ?」を解く糸口は、「無意識」にあると説く。5月6日には紀伊國屋サザンシアター(東京・新宿)にて、著者と本稿筆者の大澤真幸による刊行記念対談が行われた。岩波書店。821円

太田出版 ケトル
VOL.31 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

太田出版

  • このエントリーをはてなブックマークに追加