ところどころで“ひっかかる” 読む行為の幅が広がる短篇集

レビュー

5
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地鳴き、小鳥みたいな

『地鳴き、小鳥みたいな』

著者
保坂 和志 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062202879
発売日
2016/10/27
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

独特の息づかいとともに読む喜びが広がってゆく

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 書かれた文章の意味をそのまま受けいれさせるのではなく、何らかの違和を感じさせ、ところどころでひっかかりをつくって、読む側にもさまざまな思いを生むことを意図した短篇集である。

 ひっかかりのひとつは文章で、はやりの校閲ドラマならばずたずたに朱を入れられそうな破調をあえてとりいれる。たとえば表題作で、祖父とカフカが同い年だと気づいた後の文章は、「私はそんな偶然、かんたんに通りすぎるつもりだった、ここは日常会話だったら笑うところだ、笑って通りすぎるだけだ、私は手が止まって先がつづかなくなった」。

 ふつうなら句点にするところ、読点を多用し息長く文章が続く。主語が複数おかれ、二通りの意味がとれるところもあえてそのままになっている。初めに感じた違和が、独特の息づかいにこちらの呼吸を合わせて読むうちに、小説に描かれた連想のつながりや時間の流れを体感できるようになり楽しくなってくる。

 わかりやすく内容を紹介することはこの小説にそぐわないが、著者が新聞小説『朝霧通信』を描いていたときに訪れた故郷の山梨を、その小説で「あなた」と呼びかけた恋人と訪ねたときのことがたびたび出てくる表題作を読むとき、一篇目の「夏、訃報、純愛」で老学者が言った、「(性欲から自由になることは)一生できない」という意味のことばがどこかで響いている。

「キース・リチャーズはすごい」では、キースのすごさ以上に「私」がサザン・オールスターズに救われたことやボブ・ディランに対する独特の評価のほうが記憶に残った。最後の「彫られた文字」は、この小説を読むヒントになる。

 言葉にできない思いを表現するために著者がめぐらす思索に、ある部分では同調でき、ある部分ではわからないまま引き返してくる、そういうこともまた面白く感じられる、小説を読む行為の幅を広げる本だ。

新潮社 週刊新潮
2016年11月10日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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