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大切にしてきた暮らしかた、一番自分らしい場所。台所をめぐる3冊の玉手箱
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
よそのお宅に招かれて食事をごちそうになり、せめて洗い物でもと申し出るのだが、やんわり断られることはまあまあある。台所という場所は、簡単に他人に入られたくない一種の聖域である。
『東京の台所』の大平一枝は、そんな心の内側のような場所に招き入れられて写真を撮り、じっくり話を聞いている。その人にとっての「あたりまえ」が、いかに形づくられていったのか。大切にしてきた暮らしかたを聞くことで、一人ひとりの芯にあるものが浮かび上がってくる。
前川國男と津端修一が手がけた阿佐ヶ谷住宅の台所も取り上げられているのがうれしい。建て替えられて今はもうないが、公団住宅にはこういう可能性もあったのだ。二〇一三年に始まったウェブ連載は人気で、二百回を超えて今も続く。
キャスリーン・フリン『「ダメ女」たちの人生を変えた奇跡の料理教室』(村井理子訳、新潮文庫)は、名門料理学校であるコルドン・ブルーを卒業した料理人・ライターが、「料理が苦手」な女性たちに料理の楽しさを教える。
スーパーでインスタント食品ばかりカートに入れている女性に話しかけたり、プロジェクトの参加者をラジオ番組で募ったり。著者のアプローチは大胆だが、料理に正解はなく自分が美味しいと思うものが美味しいのだと根気強く伝える。
10人の台所を、料理教室の前と後で二度訪問する。はたして女性たちの台所は変わるのか。
「東京の台所」で私が連想するのは浅草生まれの沢村貞子が「暮しの手帖」に連載していた「私の台所」である。その沢村の『わたしの献立日記』(中公文庫)は、息長く活躍を続けた名女優が二十二年間、献立を記録した大学ノートがもとになっている。
「毎日の献立にいちばん大切なのは、変化」と考える人だけに、季節の食材の使い方や主菜と副菜の取り合わせなどよく考えられている。献立ノートは料理名だけだが、合間にはさんだコラムで一部つくり方も紹介され、読んでいるだけでうっとり、心が充たされる。