チェルノブイリ事故後に「自然エネルギー」社会を作ったドイツの人々

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「チェルノブイリ後」に育ったビジネスの現在とは

[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)

『抱く(ハグ)』というドキュメンタリー映画を観た。東日本大震災の後、福島第一原発を取材していた女性映画監督、海南友子が妊娠した。放射能に怯え、関西に自主避難してから出産までを自分自身で撮り続けた作品だ。衝撃だった。だが子を持つ女性なら、その怯えは当たり前だと思った。

 本書は出産後の海南が、自然エネルギーへの転換を図っているドイツ各地の現状をリポートしたルポルタージュだ。主役は普通の若者や主婦、小さい子を持つ母親たちだった。

 最初に訪れたのはスイス国境に近いシェーナウという町。道中、建物の多くに太陽光パネルが取り付けられ、数えきれないほどの巨大な風車が回っている。現在、従業員が1500名、世界14か国に自然エネルギーを供給するユービ社は、数人の若者によるイノベーションがその始まりだった。

 チェルノブイリの原発事故から10年が経ち、ドイツでは余剰電力が出た場合「電力固定買い取り制度」によって利益を得られるという法律ができていた。

 大学で物理を勉強していた青年が風車による発電をめざし、出資を募って100万マルクを集め、風車の落成式が行われたのは1996年の7月。それからわずか20年でドイツの150万世帯が彼らの電力を使用している。成功の秘訣は住民が参加し、地域の人々を経済的に豊かにすることだ。雇用を確保し、利益を還元する。成功例は日本にとっても十分参考になる。

 オランダ国境に近いカルカーという農村にある遊園地は、元は高速増殖炉になる場所だった。チェルノブイリ事故のあと、完成間近だったこの施設は地域住民の反対により廃止され、実業家が買い求めて人気遊園地にしたという。廃炉になったもんじゅの跡地が遊園地になっても、お客が来るかはわからないけど。

 日本はどこに向かうのだろうか。本書を読んで、普通の人たちの生活感覚が重要なのだと確信した。

新潮社 週刊新潮
2016年11月17日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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