『猫に知られるなかれ』ほか 手に汗握る国産スパイ小説傑作選

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手に汗握る国産スパイ小説傑作選

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 これは国産スパイ小説史に名を刻むであろう、新たな傑作だ。深町秋生猫に知られるなかれ』の最終頁を読み終えた時、そう確信した。

 物語の舞台は一九四七年、終戦間もない日本。主人公の永倉一馬はかつて香港憲兵隊に属し、現地の諜報員を続々と摘発する凄腕のスパイハンターとして名を馳せた人物だった。しかし戦争が終わると一変、しがないヤクザの用心棒として喧嘩に明け暮れる毎日を過ごしていた。

 荒んだ日々を送る永倉の前に、陸軍中野学校出身の藤江忠吾という男が現れる。藤江は永倉のスパイハンターとしての腕を買い、ある組織へ入ることを誘う。その組織の名は「CAT」。吉田茂の右腕であった緒方竹虎が、日本の復興を妨げる勢力を刈り取るために設立した諜報機関である。

 焼け野原を背景に展開するテンポの良いアクション。終戦直後に実在した人物、事件を取り入れ、虚実皮膜のあわいを巧みに突く展開。血湧き肉躍る歴史冒険活劇として文句なしの娯楽性を備えながら、何より胸を打つのは永倉をはじめとする登場人物たちの生への足掻きだ。

 戦争により全てを失い、抜け殻となった永倉。それでもなお生きるために、彼は再び銃を手にする。その姿が何と眩いことか。追い詰められた者たちの悲壮な決意と叫びを描く時、深町秋生の筆は輝きを放つ。これは絶望の中の希望を教えてくれる物語なのだ。

『猫に知られるなかれ』のような架空の諜報機関が活躍する国産スパイ小説といえば、『ジョーカー・ゲーム』(角川文庫)にはじまる柳広司の〈D機関〉シリーズが有名だろう。帝国陸軍の結城中佐を中心とする、騙しあいの極致を描いた小説だ。

 また、第二次大戦中を舞台にした国産スパイ小説の代表作では、西村京太郎D機関情報』(講談社文庫)を挙げておきたい。トラベルミステリの大家がキャリアの初期に発表した作品であり、スパイ探しのスリル溢れる展開と戦争の愚かさを伝える苦い筆致が印象深い名作である。

新潮社 週刊新潮
2016年11月24日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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