『中村哲さん殺害事件 実行犯の「遺言」』乗京真知(のりきょう・まさとも)著
[レビュアー] 宮内悠介(作家)
銃撃取材3年 苦い「真相」
中村哲がアフガニスタンで銃撃されて亡くなったのが二〇一九年の末のこと。まるで、身体の芯が抜けてしまったかのように感じたのを覚えている。氏については、おそらくはご存知の通り。パキスタンでハンセン病治療にあたり、アフガニスタンで井戸を掘り、灌(かん)漑(がい)用の用水路まで作った医師だ。氏の言葉で筆者が好きなものは、自身の動機について、「あまりの不平等という不条理に対する復(ふく)讐(しゅう)でもあった」と語るものだ。ただの平和主義者とは一線を画する、凄(すご)みのようなものを感じさせられる。
本書はその中村哲の銃撃事件について、朝日新聞社の国際報道部員でもある著者が、三年にわたって取材をした成果だ。朝日新聞デジタルの二つの連載を元に、その他の情報や、以降のことが書き加えられたものとなる。それでは、いったい何がどこまで判明したのか? それはどれくらい確かなことなのか? 執念の取材結果をどこまで明かしてしまってよいか迷うが、この点がわからないと安心して手を出せない面もあると思うので、軽くご紹介したい。
まず個々の情報については、どのように裏を取ったかなどが示されている。その上で、事件の構図はおおむねこのようなものだ。まずアミールというパキスタン人が、中村哲を誘拐する計画を持ちかけられ、グループを結成して準備を進めた。題の「実行犯」とは彼のことだ。
ところがいざ実行という段で、誘拐を持ちかけた男がアミールを裏切って中村哲を殺害してしまう。彼が何者なのか、そして動機はなんであったのかは、本書においては示唆されるにとどまる。しかしその示唆は、詳しく読んでいくと、充分に説得力のある、そして苦い「真相」でもあると思わされるものだ。
なお本書の終わりのほうには、著者が二〇二二年に取材した、タリバン占領下のアフガニスタンの様子が描かれる。現在の彼(か)の国の様子を伝える、貴重な資料でもあると言えるだろう。(朝日新聞出版、1760円)