『ミノタウロス現象』
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見た目は怖いが案外弱い怪物――。コミカルな展開が着地は本格ミステリに
[レビュアー] 若林踏(書評家)
自由闊達、変幻自在。潮谷験の書く小説は、とにかく奇抜で先が読めない。それでいて、どこかで必ず緻密な犯人当て小説へと変貌しミステリファンを唸らせる。最新作『ミノタウロス現象』は、何と怪獣小説とフーダニットの合わせ技だ。
オーストリアの牧場で牛の頭をした怪物が突如として現れるところから物語は始まる。全長三メートルの怪物は世界各地に出没するようになるが、幸いなことに人類を脅かす存在までには至らなかった。怪物は意外と弱く、大した武器を持たない一般人でも撃退が可能だったのだ。
舞台は変わって日本の京都府眉原市。本作の主人公である利根川翼は二十五歳の若さで市長に選ばれた女性だ。もともとはバンドマンで泡沫候補であるにも拘わらず当選してしまった翼は、常に市議会内の勢力争いに気を揉んでいた。そんな折、議会で牛頭の怪物が絡んだ大事件が発生し、翼は容疑者の一人になってしまう。
見た目は怖いが案外弱い怪物を巡るコミカルな展開から、いきなり謎解きの要素が浮上してくる点がまず楽しい。怪物の存在をどのように謎解きへ絡めているのかは伏せておこう。非常に変てこな状況の謎が描かれるという事は言っておく。
映画『シン・ゴジラ』が代表例だが、怪獣ものはポリティカルスリラーの要素と不可分な形で結びついている。本作はそれを小さな地方自治体に置き換えることで、どたばたとしたコメディの味わいを加える事に成功している。くだらないジョークにくすりと笑える場面もあれば、現代を風刺する鋭さを持つ笑いも含まれている。そうした喜劇の要素で愉快な気持ちにさせつつ、最後にはしっかりとした謎解きを披露して物語を着地させるのだ。真相解明の場面では犯人当てのための手がかりを周到に用意していた事が分かり、思わず感心する。潮谷験、本当に油断のならない作家だ。