「量子コンピュータ」はなにができるのか? 人工知能との組み合わせで広がる可能性

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量子コンピュータが人工知能を加速する

『量子コンピュータが人工知能を加速する』

著者
西森 秀稔 [著]/大関 真之 [著]
出版社
日経BP
ジャンル
自然科学/自然科学総記
ISBN
9784822251895
発売日
2016/12/10
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「量子コンピュータ」はなにができるのか? 人工知能との組み合わせで広がる可能性

[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)

1990年代ごろから一般的にもその名を聞くようになった「量子コンピュータ」は、従来型のコンピュータより高速であるという点で期待を集めてきました。一方、ここ数年で大きな盛り上がりを見せるのが人工知能。こちらはご存知のとおり、すでに産業のさまざまな分野において活用がはじまっています。

しかし注目すべきは、実用化にはあと数十年はかかるだろうといわれていた「量子コンピュータ」が予想以上に早く完成し、商用販売もされているという事実。そればかりか、まったく別の分野だと思われていた人工知能への応用も進められようとしているのだそうです。きょうご紹介する『量子コンピュータが人工知能を加速する』(西森秀稔、大関真之著、日経BP社)は、その可能性の大きさに着目しています。

商用化された量子コンピュータは、これまで開発が進められてきたものとはまったく発想が違う「量子アニーリング方式」で動いている。この量子アニーリング方式のマシンは、現時点では従来型コンピュータのように汎用的に使えるわけではないのだが、人工知能をはじめ物流や金融など広い範囲に応用できるものだ。(「量子コンピュータと人工知能の新時代が始まった」より)

これを商用化したのはカナダのベンチャー企業で、ほかにもグーグルやアメリカ政府が同じ「量子アニーリング」方式のマシンの開発に莫大な投資をするなど、北米で大きなうねりが生じているのだとか。

ちなみに著者のひとりである西森秀稔氏は、その量子アニーリングの発案者。もうひとりの著者であり、以前この場で相対性理論について解説してくださったこともある大関真之氏は、東北大学大学院情報科学研究科応用情報科学専攻准教授です。

第1章「『1億倍速い』コンピュータ」から、量子コンピュータと人工知能についての基本的な部分を確認してみたいと思います。

グーグルとNASAの発表

2015年12月8日、米シリコンバレーにあるNASA(航空宇宙局)のエイムズ研究センターにおいて、NASA、USRA(大学宇宙研究連合)、グーグルによる記者会見が開催されたそうです。そこで発表されたのは、カナダのD-Waveシステムズ(以下D-Wave)の「量子コンピュータ」を2年に渡って運用し、性能のテストを行なってきた結果について。そして、それはとても衝撃的だったのだといいます。

「D-Waveの量子コンピュータは、従来のコンピュータに比べて、1億倍高速である」(12ページより)

「1億倍高速」とは、従来のコンピュータで1億秒かかるものが、量子コンピュータなら1秒で終わるということ。1億秒は約3年2カ月に相当するので、それがほんの一瞬で終わってしまうということには多大なインパクトがあったわけです。

0であり、かつ1である

コンピュータが、「0」と「1」というデジタル信号によって処理されているのはご存知のとおり。「0」と「1」は、たとえば電気信号の電圧の「高い・低い」で表現されるわけです。そしてCPU(中央処理装置)などでは、半導体によってつくられる「論理ゲート」が、「0」と「1」の信号の入力に対して出力を返すことで計算が行われるのだとか。この「0」と「1」のことを「ビット」というそうです。

対する量子コンピュータは、量子力学の特徴を生かし、「0」と「1」の両方を重ね合わせた状態をとる「量子ビット」を使って計算する装置。「0」と「1」を重ね合わせた状態とは、「0であり、かつ1である」ということ。矛盾しているようにも思えますが、私たちの常識が通用しないのが量子力学の世界なのだそうです。

従来「量子ビットを使って計算する装置」とは、「量子ビットを操作する論理ゲート」を組み合わせて計算する装置だけのことを意味していたのだといいます。それは、量子力学的な現象を利用しながら、従来型のコンピュータの計算方法を拡張しようとしていたともいえるのだとか。従来型コンピュータは性能が頭打ちになってきたため、より高性能な量子コンピュータの開発が期待されているということです。(14ページより)

「組み合わせ最適化問題」を解く量子コンピュータ

ところで、D-Waveの量子コンピュータが従来のコンピュータより1億倍高速だということは、”常に”そのような性能を示すという意味ではないそうです。ある特定の問題を解いたとき、結果的に1億倍高速だという答えが出たということ。

文章を書く際にワープロソフトを使ったり、ブラウザでインターネットを検索して調べ物をするなど、従来のコンピュータでは多種多様なことができます。また、そのインターネットの先では、グーグルのデータセンターで膨大な数のコンピュータが検索のための処理を実行しています。これらのコンピュータは「あらゆる目的に使える」という意味で”汎用的(万能)”だと著者はいいます。

対してD-Waveの量子コンピュータは、ある特定の目的でしか使えないのだそうです。それは、「組み合わせ最適化問題」を解くいうもの。いわばグーグルやNASAが発表したのは、「ある組み合わせ最適化問題を解いたときに、D-Waveの量子コンピュータが従来のコンピュータとくらべて1億倍高速だった」ということ。

組み合わせ最適化問題とは聞き慣れない言葉ですが、著者によれば私たちのまわりには、組み合わせ最適化問題があふれているのだそうです。しかも従来のコンピュータは、この組み合わせ最適化問題を解くことが苦手なのだとか。そして、ここで例に出されているのは、宅配便のドライバーがどのようなルートで荷物を届けていけばいいのか、という問題です。

私たちは日常的に宅配便で荷物をやりとりしていますが、インターネットで注文した商品を届けてくれるのは宅配便のドライバーです。仮にそのドライバーが1日に回らなければならないポイントが5カ所あるとすると、すべてのルートの組み合わせは120通り。それぞれのルートについて走らなければならない距離を計算すると、120通りのなかから最短距離となるルートが見つかります。

しかし、回らなければならないポイントが10カ所だとすると、すべての組み合わせは約360万通りになるというのです。ポイントが増えると、あっという間にその組み合わせが膨大な数になるわけです。15カ所回るとなると、すべての組み合わせは1兆3000通りを超えるというのですから驚きです。

ちなみにスーパーコンピュータ「京」は、1秒間に1京回計算が可能(1京は1兆の1万倍)。回るポイントが15カ所なら計算は一瞬で終わるものの、ポイントが30カ所だとすると、すべての組み合わせはおよそ1京の1京倍になり、スーパーコンピュータ「京」で計算してもおよそ8億年かかるというのです。

これが「巡回セールスマン問題」として知られる組み合わせ最適化問題。訪れるポイントが増えるにつれてルートの組み合わせが爆発的に増加し、従来のコンピュータでは計算が困難。そのため、もっとも距離が短くてすむ組み合わせを見つけるのをあきらめ、なるべく近い答えを従来型コンピュータで計算するのが現実的な方法だということ。

多彩な分野で応用が可能

組み合わせ最適化問題におけるベストの答えを「厳密解」というそうですが、実際には厳密解を求めるのは難しいため、なるべくそれに近い「近似解」を計算しているわけです。ところが従来型コンピュータに対するD-Waveの量子コンピュータは、著者の言葉を借りるなら「組み合わせ最適化問題を専門に解くマシン」。従来のコンピュータでは厳密解を計算できなかった問題でも、厳密解を見つけたり、より厳密解に近い近似解を計算したりする可能性があるわけです。

なお、組み合わせ最適化問題にしか使えないとなると「応用範囲が狭い」と感じるかもしれませんが、現実の社会には、組み合わせ最適化問題が数多く存在するそうです。たとえば巡回セールスマン問題でいえば、あらゆる車のルートを最適化することが可能。自動車運転技術とカーナビゲーションシステムを組み合わせれば、世界中の交通渋滞を大きく緩和することも不可能ではないというわけです。同じように大きな分子の構造分析に応用すれば、薬効の高い医薬品の開発に、量子コンピュータを利用できるということ。

そしてもうひとつ、大きく期待されているのが人工知能への応用。人工知能の開発には「機械学習」という技術が欠かせないそうですが、機械学習の処理では、どの要素が重要な役割を示すのかを判別する「変数選択」や、データがどのグループに分類されるのかを判別する「クラスタリング」など、組み合わせ最適化問題を含むものが多いというのです。

これらは氷山のほんの一角ですが、このように量子コンピュータと人工知能は、従来以上の大きな可能性を生み出すことができるというわけです。(31ページより)

わかりやすく書かれているとはいえ、内容が内容であるだけに難解な部分もないとはいえません。しかし概略は理解できるだけに、専門外の方でも無理なく読むことが可能。時代の流れをつかんでおくためにも、読んでおきたい1冊だといえます。

(印南敦史)

メディアジーン lifehacker
2016年12月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

メディアジーン

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