『屋根をかける人』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
“青い目の白洲次郎”、日米をつないだ建築家の激動の生
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
かつてある作家が、「歴史小説とは感動を描くものである」といったことがある。
その意味でいえば、本書は優れた歴史小説という他はない。
扱われている時代は一九〇五年から一九六四年の近・現代史。主人公は、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ。ヴォーリズといって分からなければ、彼が設計した主な建築物―関西学院大学、神戸女学院大学、同志社大学啓明館、大丸旧心斎橋店、山の上ホテル等々―を挙げれば、成程と頷く人も多かろうと思う。
しかし、彼は建築家として来日したのではない。
ヴォーリズは、英語教師として米国から滋賀県近江八幡の県立商業学校に赴任したのである。ところが、もともとキリスト教伝道者でもあった彼のバイブルクラスに一寸した行き違いがあり、職を解かれてしまう。
しかし、ここからがヴォーリズの真骨頂で、かつて建築家を志望したことがあり、日本の建物にいっぺんで魅せられてしまったヴォーリズは、偶々、近江商人と似た気質の持ち主で、ヴォーリズ建築事務所をひらき、京都YMCA会館の工事の監督をはじめ、以後はさまざまな建築物の図面を引いていくことになる。
そして華族の娘・一柳満喜子(まきこ)と結婚。公私ともに順風満帆と思われていたヴォーリズだが、剣呑な世界情勢の中、彼は、祖国との開戦前夜、日本に帰化することを決意する。二つの祖国に引き裂かれそうになるも、何とか踏みとどまるヴォーリズ。
そして敗戦。だが彼には、二つの祖国のあいだに屋根をかける仕事が待っていた。天皇制維持のため、近衛文麿とマッカーサー元帥の会談の実現に向けて奔走。さらには、昭和天皇との謁見―。
彼の成し得たことは一建築家の範疇を大きく越え、正に、“青い目の白洲次郎”ともいうべきものだった。私には、一九六四年の東京五輪こそは世界が彼の死を悼んだとしか思えないのだ。