垣根涼介・インタビュー 無頼でなければ、この世は変えられない『室町無頼』刊行記念

インタビュー

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室町無頼

『室町無頼』

著者
垣根 涼介 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784104750061
発売日
2016/08/22
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『室町無頼』刊行記念インタビュー 垣根涼介/無頼でなければ、この世は変えられない

――小説家デビューの十年後には歴史時代小説を書こうと決めていたそうですね。

垣根 歴史時代小説は時代考証や言葉遣いなどでハードルが高く、デビュー当時はまだ勤め人で激務だったため、それまでに勉強する時間も取れていませんでした。専業作家になってから十年計画で史料を集めて読み込み、歴史の見方や小説作法などを叩き込んできました。

――計画通りに『光秀の定理』を発表し、第二弾はなぜ「室町」の「無頼」だったのでしょうか。

垣根 この時代を調べると現在の日本、特にバブル経済が弾けたあと二十年以上経ったいまの日本と社会の様相が酷似しているんですね。為替や信用取引が登場し、馬借などの輸送機関が生まれ、農業生産高が飛躍的に上昇し、人と物と銭がめまぐるしく回り始めます。また日明貿易を初めとした海外との交易が盛んでグローバリズムの波に洗われ、日本人の生活空間の原型となる床の間や、茶の湯や侘びさびなどが誕生し、経済的にも文化面でも国力は増していました。にもかかわらず公家と武家、神社仏閣は好き勝手に利益を吸い上げる仕組みを築き上げ、国民の間にかつてないほどの格差が生まれ、その現状に対して政府である室町幕府はまったくの無策でした。鎌倉や江戸時代と違って人口が一極集中化した京の都は、職を失った牢人や流民で溢れ返っていた。応仁の乱が勃発する前、何も持ってなかった者が、どのように世に立ち、いかにして個人として生きたかに強く惹かれました。

――実在した二人の牢人を軸にストーリーは展開します。

垣根 骨皮道賢(ほねかわどうけん)と蓮田兵衛(はすだひょうえ)はおそらく武家の出ながら、親の代に頼れるものを失い、武器となるものを持って、立ち向かいました。道賢は三百人もの印地(いんじ)(極道者)の足軽集団を組織し、その力を幕府に見込まれて治安維持を任されたものの、権力の内部から体制を突き崩そうとし、一方の兵衛は牢人と洛外の村落をまとめあげ、法外な金利を取る銭貸しらと渡り合い、事を起こそうとしていた。いわば既存の枠組みから外れたところに現れたアウトサイダー達で、足枷がなかった。真の社会変革はアウトサイダーにしか出来ないことで、二人も果敢に体制に挑んだのでしょう。

――道賢に見出され、兵衛の「武器」となっていく兵法者、吹き流し才蔵(さいぞう)もクールで、魅力あふれる若者ですね。

垣根 そこそこの技量の棒術を身に着けていた才蔵は道賢に拾われますが、弱点があって、彼らの足軽集団では使いものにならず、「粥三杯」で兵衛に譲り渡されます。その後、満身創痍となる苛酷な修行を経て、自分の特殊技能を磨きあげ、兵衛から捨て身の働きを命じられても、自ら進んで引き受けます。庶民がその先々に望みを持てない世にあって、自分で納得のできる在り方や生き方をどのように作っていけるのか、才蔵を通して描きたかったのです。

――兵衛の首謀した民衆蜂起は史実とは言え、破天荒で痛快、そして一揆の概念を覆すものですね。

垣根 まともな通信手段のなかった時代ですから、それだけに兵衛が評判や噂に着目し、手段として用いたのは凄まじい威力があったろうと想像しました。また戦術や指令は単純明解な方が良かったはずで、京洛のどこからでも見える一番高い相国寺の大塔を目印にし、続いて二番目に高い東寺に人を集わせる。この裏付けとなる史実を知った時には震えました。兵衛は一揆の概念を覆したのでなく、むしろ本質を突いていたと思います。通常の一揆は食糧を奪って証文を破棄すれば良しとし、首謀者は名乗りをあげずに逃げようとしますが、それでは一揆の与える打撃は小さくなり、一過性で終わりかねない。功名心からでなく兵衛は首魁(しゅかい)として名を触れ回り、首謀者が計画的で組織化した一揆であると知らしめることで、権力者達を震撼させ、その基盤を激しく揺さぶろうとした。でなければ、一度でなく複数回蜂起し、ひと月半にわたって戦い、蓮田兵衛の名が残っている史実の説明がつきません。

――道賢を知るため、頭を丸めたそうですね。

垣根 道賢は人生のどこかの時点で決定的なことが起きて、実の名を捨て、骨皮道賢という通り名をつくったのでしょう。だから、僧形で剃髪していたと言われます。道賢は応仁の乱で戦に敗れ、女装して生き延びようとした逸話でも知られ、原稿直しの最後の最後までよく分らない部分が残ってました。道賢に倣い、頭を丸めてみると、ハタと思い当たることがあった。それは誰しもそういう窮地に陥ると私自身感じ入ったもので、本書をお読みになってご確認いただきたいです。

新潮社 波
2016年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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