誰も教えてくれなかった「俳句」のこと 読み終われば新鮮な自分が

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俳句の誕生

『俳句の誕生』

著者
長谷川 櫂 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
文学/日本文学詩歌
ISBN
9784480823793
発売日
2018/03/01
価格
2,530円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

どのように人は俳句をつくるのか 言葉のない世界を言葉で表わす

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 俳句が好きなのに、うまく真正面からぶつかった経験がない。なにかいつも薄い膜にへだてられている。中学校の国語の授業で俳句を習ったとき、季語や切れ字などのルールは教わったが、「なぜ」そういう決まりなのかが全くわからず、ぽかんとしていた。以来ずっと、ぽかんとしつづけている。

 熱心な支持なくして、人間が何百年もおなじ形式で詩歌をつくるなんてことはできない。わたしは、俳句のカタチやルールがこうなった背景、人間の表現欲求のダイナミズムを知りたいのに、だれも教えてくれなかったのである。

 こういう本をもっと早く読んでいればと思う。〈俳句ができるのは精神を集中させているときではなく、逆に集中に疲れて、ぽーっとするときである〉〈心を遊ばせること、いわば遊心こそが重大〉〈それこそ古代の柿本人麻呂からつづいてきた詩歌の本道〉と、そっと手をひっぱられるように進み、〈人間の心は遊んでいるとき、自分を離れ、言葉におおわれたこの世界を離れて、はるか昔に失われた言葉以前の永遠の世界に遊んでいる〉と、かくされた泉に案内される。わたしも詩歌をつくる人間だから、その「遊心」は知っている。言葉以前の世界を探索するために言葉を使うしかない困難も。

 切れ字ひとつをとっても、「五七五の中に一つの断絶を入れる」ということではなく、じつは五七五の前と後にも「切れ」がひそんでいる、その「切れ」は、作者の意識が自分を離れて空白をさまよった時間空間だ、という著者の解説に心をつかまれた。自意識を自分のなかにがっちり閉じ込めているかぎり、詩は生まれない。主体や視点を転換させ、自分をつめたい風にさらす試みが詩なのだろう。

 個々の作品に即した「読み」についていくだけで、思わぬ風景にたどりつく。読み終われば新鮮な自分が出現する本だ。俳句をたしなむ方にも、初心者にもおすすめです。

新潮社 週刊新潮
2018年4月12日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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