今村翔吾・インタビュー 『ゴルゴ13』を参考にした時代小説『くらまし屋稼業』の魅力に迫る
[文] 石井美由貴
2017年3月、時代小説界に一人の作家が誕生した。今村翔吾である。デビュー作は『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』。現在、一連のシリーズが話題沸騰中だ。そんな中、早くも次のシリーズ作品が登場した。裏稼業に題材を得た『くらまし屋稼業』である。この世から消えたいと願う人々を人知れず晦ますという、実にエンターテインメント性に溢れた内容だ。さらなる人気作となりそうな予感を抱かせるが、それを裏付けるかのように、先ごろ第十回角川春樹小説賞も受賞した。今まさに乗りに乗っている注目の作家・今村翔吾。新シリーズ創作の舞台裏を伺うとともに、その魅力に迫る。
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――まず、第十回角川春樹小説賞受賞、おめでとうございます。知らせを受けたときのお気持ちは?
今村翔吾(以下、今村) ありがとうございます。ほっとしたというのが正直なところです。
――安堵の理由は?
今村 地方の文学賞の新人賞はいただいていましたが、中央ではとれないまま昨年三月のデビューとなりました。三十歳でかねてからの思いを貫くべく小説家を目指して書き始めて二年ほどでデビューできたわけですが、その間のがむしゃらに突き進んでいた自分になんらかの形で結末を迎えさせてやりたいと思っていたんです。小説家になれる保証なんてまったくないなかで、よく頑張っていたなと。『童の神』(『童神』改題)はデビュー前の最後の作品でもあるので、今回の受賞でケリをつけることができたかなと。あと、この作品を世に出したい、読んでもらいたいという気持ちも強かったので、それが叶っての“ほっと”ですね。
――受賞作は秋刊行と伺っていますが、どんな内容なのでしょう?
今村 平安時代の日本を舞台にした作品です。平安時代というと雅な世界を連想しますが、都を一歩離れれば竪穴式住居もあって弥生時代とあまり変わらない生活を人々は送っていました。そこには、意外かもしれないですけど差別もあった。そんな昔の日本の姿を描いた歴史小説なんです。
――時代小説の新旗手として大ブレイク中の今村さんが、歴史小説ですか?
今村 僕は池波正太郎先生が大好きなんです。池波先生は『鬼平犯科帳』のような時代小説と、戦国時代などを舞台にした歴史小説を書かれていますよね。僕も両方やりたいという思いが昔からありました。ただ不思議なもので、書いているときは時代小説の時とはまったくの別人でしたね。頭の中の構造も違うんですよ。
――興味深いですね。読める日が待ち遠しいです。それにしても、デビュー作『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』に始まるシリーズは大変な話題となっていますね。
今村 有難いですね。本当に有難いなぁと思っています。だから、もっともっと頑張らないと。お客さんに――僕、読者さんではなく、お客さん言うてしまうんです――本を買ってもらっているというより、映像で見てもらっていて、その脚本を書いているイメージがあるからかなぁ。そのお客さんにもっともっと喜んでもらえるもんを書きたいと思っています。
哀しみの向こう側まで書いていきたい。
――新シリーズ『くらまし屋稼業』はその思いに応えるものだと思います。とても面白かったです。この世から消えたい、逃げたいと願う人たちをまるで神隠しのごとく晦ましてしまう、その名も「くらまし屋」は裏稼業。「ぼろ鳶」シリーズが描く火消たちを表の人間とするなら、今作はその反対の裏側が舞台です。
今村 表から裏の世界へ行ったとはあまり思っていないんです。人間の本質って、現代の人でも昔の人でも変わらないものがあると思っていて、そこを書くには何が一番いいんやろと考え、辿り着いたのがここだったというだけで。また、裏の世界ならではの哀しさというのもあると思います。小説家としてはさらに一歩踏み込んで、その哀しみの向こう側まで書いていきたいですね。
――終章はまさにその思いが伝わる感動的なシーンでした。それまでには笑いもありつつ、一件落着かと思うと新たな問題が降りかかるという畳み掛ける展開に引き込まれました。
今村 実は今回『ゴルゴ13』を参考にしたところもあるんです。『ゴルゴ13』ってストーリー展開のパターンが数種類に絞られるんですよ。依頼者が裏切るパターンとかゴルゴが出てこないまま進むパターンとか。いわば雛型みたいなものですが、無駄な部分が削ぎ落とされているだけに研究させてもらいました。
――ゴルゴとはタイプは異なりますが、主人公・平九郎もかなりの凄腕ですよね。くらまし屋を率いる元武士で、過去に何かがあってくらまし屋をしていると。それを匂わせる伏線がいっぱいで早くも続きが気になります。
今村 僕、伏線が多いみたいで(笑)。サイドストーリーがいろいろ見えているので、ついついやりすぎてしまうのかも。というのも、シリーズものを書くときは全体の構想というか、最後をどうするかは決まっているんです。そのラストこそが最初に書きたいと思ったことでもあるのですが、そこから逆算して物語は始まっています。主人公も同じで、最後に辿り着くためにはどんな人物にすればいいのかを考えて生まれたキャラクターですね。
――その平九郎の過去に関わっていそうなのが、「虚」という集団ですよね。くらまし屋が今後立ち向かっていくことにもなりそうですが、異様に不気味な存在感がなんともいい(笑)。
今村 敵をどれだけ魅力的に書けるのか。今回、自分なりに勝負しています。
「くらまし屋」は徹底した能力主義のプロ集団。
――くらまし屋がどうやって人を晦ますのか。その手口も見せ場ですよね。ワクワクしながら読みました。
今村 正直、大変で一番頭ひねってます(笑)。でも、ここ一番気合い入れなあかんとこですよねと編集さんとも話していて。また、その手口を主人公目線ではなく、やられている方、つまり敵側の目線で書いています。読んでいる方にも一緒に悔しがってほしいです、どうなってんねんと。
――確かに、あれ、いつ脱出したんだと思いました。見事に術中にハマったわけですが、その作戦を練るのが七瀬という女性。しかも二十歳という若さで、くらまし屋の頭脳ともいえる作戦参謀の役割を担っているのが印象的でした。
今村 七瀬の存在も現代に通じるものだと思っています。プロの仕事に徹しようと思えば一番能力のある者を使いますよね。それが女性だろうと年下だろうと平九郎ならこだわらないはず。くらまし屋は徹底した能力主義のプロ集団だと思っています。この作品のもう一つのテーマもここにあって、プロとはどうあるべきなのかを突き詰めていきたいと思っています。
――ご自身ではプロとはどういうものと捉えていますか?
今村 僕の中でもまだ答えがないんです。だから、平九郎たちに聞こうと思っています。
――書きながら探していくということですか?
今村 作品が走り出してキャラクターもある程度成長しだすと、僕が作り出した人物とは思えへんようになって、思いもよらない言葉を発したり。それがとんでもなく冷たいものだったりすると、「僕はそんな冷たい人間じゃないから」と叫びたくなるくらいです(笑)。まぁ、見た目がこんな感じなんで、ギャップがあるとはよく言われますけど。
――それは誉め言葉だと思いますよ。
今村 だといいですけど。僕は自分のことを新人作家と呼ばないと決めてるんです。面白くない本を読まされて、新人だからしょうがないとはなりませんよね。本になって人の手に渡る。それはつまり、プロの仕事でなければなりません。
――では、プロの作家としての手応えをこのシリーズにも感じていらっしゃる?
今村 はい。ただし、現時点では。「守破離」という言葉がありますよね。僕は池波先生はじめ尊敬する多くの作家の方から受けた衝撃を、誰かに伝えたいと思ったのが小説家を目指すきっかけとなりました。だから今はみなさんに教えてもらったことを守りながら書いていますが、そこをいかにして破っていくかを模索している段階でもあります。そして最後には、これが今村小説やと思えるもんを書きたい。そういう意味ではまだまだ自分でも満足はしていません。……と大きいこと言うときます(笑)。