時代小説における直心影流とは。岡本さとる「新・剣客太平記」シリーズ完結記念特別対談

対談・鼎談

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伝説 新・剣客太平記(十)

『伝説 新・剣客太平記(十)』

著者
岡本さとる [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758442367
発売日
2019/03/13
価格
660円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

特集 岡本さとるの世界

[文] 石井美由貴

剣術シーンは時代小説の醍醐味だ。それが剣豪小説ならば、言わずもがなである。
「新・剣客太平記」シリーズは人間ドラマの奥深さを味わわせてくれたが、その根幹となって作品を支えたのは、やはり剣豪小説としての面白さだ。
主人公・峡竜蔵が使うのは直心影流。江戸の剣術界において名門と謳われるこの流派の中で切磋琢磨することで、竜蔵という男の人間味も際立った。
自らも剣士である作者・岡本さとるは、なぜ直心影流に着目したのだろうか。
今日にその技を伝える直心影流空雲会の師範・並木和也氏と直心影流の魅力、剣に生きるとはどういうことかについて語り合った。

写真右|岡本さとる 左|並木和也(直心影流 空雲会 師範)
写真右|岡本さとる 左|並木和也(直心影流 空雲会 師範)

直心影流の使い手が主人公に描かれるのは珍しい!?

岡本さとる(以下、岡本) 並木さんには『剣客太平記』が漫画化される際に剣術監修でご協力をいただいたこともあり、一度お目に掛かりたいと思っていました。

並木和也(以下、並木) こちらこそ、お会いできて光栄です。

岡本 直心影流の型をご指導いただく好機も得て、大変勉強になりました。先ほどの“八相剣”、なかなか難しいですね。僕は大学時代に剣道をやっていて、八相の構えも覚えたつもりでしたが、それとは少し違うんですね。

並木 流派によって八相の構えは異なります。直心影流の八相剣はまず初めに取り組む動きなんです。奥義とも言われますが、なぜかといえば、シンプルだけど最も難しいから。ゆえに、繰り返し練習して、気が付いたら身に付いていたと。そうなるのが理想ですね。

岡本 型は基本でもありますからね。一理あるなと思いながら教えていただきましたが、非常に新鮮でした。ところで、普段は時代小説を読まないそうですね。その理由というのが、登場する直心影流の使い手が悪役ばかりだからとか(笑)。

並木 多くないですか、悪役。歴史的に旗本が修めていたこともあって仕方がないのでしょうけど。

岡本 そうかもしれないですね。僕が初めて直心影流に触れたのは、中里介山の『大菩薩峠』でした。島田虎之助が新徴組をバッタバッタと斬り倒すところの描き方がなんとも見事で、今でも心に残っています。

並木 しかしこの小説では、なんといっても主人公ですから。縁あって読み始めたところ、実に爽やかな峡竜蔵という人物にすっかりハマッてしまいました。泰平の世にあって“剣侠の人”としての生き方を選ぶ姿にも魅力を感じます。

岡本 ありがとうございます。剣客ものを書くに当たり、どんな流派の使い手にしようか悩んだのですが、北辰一刀流とか千葉道場は、既に先人が何度も描かれていますので、いろいろ調べてみたら直心影流が面白そうだなと。それで直心影流の剣士にしたわけなんです。まぁ、いい加減なことばかり書いていると思うので、そこはご容赦いただければ。

並木 いや、歴史通りにとか、堅苦しく考える必要はないでしょう。小説の舞台は江戸で剣術が盛んになり、流派もたくさん生まれた頃だと思います。書かれているように、道場によって考え方は違いますから、どれが正しいというのもあまりないんじゃないかと思いますよ。

岡本 そう言っていただけると心強い。竜蔵が自らの道場を持って峡派を作っていくという話もうまくごまかせているでしょうか(笑)。直心影流の面白さというのは、こうしたところにあるのではないかと思うんです。竜蔵は団野源之進と新たな継承者を決めるべく大仕合を行いましたが、本来、直心影流は弟子の中の最も強い者を指名して道統を譲る形をとっていますよね。これが素晴らしいなぁと思うんです。他の流派だと子どもとか、家が受け継いでいくことが多いですよね。

並木 そのほうが残しやすいですからね。親の教えは絶対で応用は認められないものです。しかし直心影流はシステムがしっかりしていたので、道場が変わっても、派が分かれていっても共通の認識の下で続けられたのだと思います。

岡本 システムですか。

並木 原則と言ったほうがいいかもしれませんね。型を通して身に付くものを大事にしていましたから、多少の振れ幅があっても別モノにはならないのです。男谷精一郎が、最初の構えを上段から正眼にしたときにちょっと揉めたということもあったようですが、それも原則から外れるものではありませんでした。

剣術稽古の心構えと師の想い

岡本 もう一つ伺ってもいいですか。直心影流は防具と竹刀を使った打ち込み稽古を、いち早く取り入れたと言われていますね。防具をつけての打ち合いというのは技を試すという意味ではいいけれど、実際にはどうだったのかなと。当時は日本刀ですからね。僕の剣道の先生は地稽古の時でも“斬る”ということを念頭に置けと言った。つまり真剣を振る気持ちでやれということなのですが。

並木 その意識は必要だったと聞いています。とはいえ、江戸時代末期の剣術界はすでにスポーツ化が始まっていたようで、『剣術修行の旅日記』(朝日新聞出版)という幕末の佐賀藩士の武者修行の様子をまとめた本の中で、真剣を使うことを前提としない、竹刀の軽い打ち合いを非難する内容が書かれているんです。大切なのは、何のために稽古をするのか、そのためにどのような前提で稽古をしているのかをしっかりと認識することだと思います。

岡本 おっしゃるとおりですね。そこに道場主でありながらも、己の剣を極めようとする竜蔵の葛藤も重なっていくように感じます。

並木 ええ。私も道場を経営する立場ですので、「新・剣客太平記」シリーズに入ってからは心当たりのある話が多いなぁと思いながら読んでいました。

岡本 稽古場を持つ身にはありそうなエピソードも盛り込んでますからね。唄や踊りなどもそうですが、名を馳せるようなことがあれば、どこかから睨まれたり。

並木 だから、本当にリアルで(笑)。物心ついた頃から当たり前に稽古してきたため、いざ自分で人に教えるようになって非常に苦労しました。ですので、小説の“年寄りを労るつもりの稽古”(『師弟 新・剣客太平記〈二〉』より)や“人を見て法を説く”(『不惑 新・剣客太平記〈五〉』より)などの言葉にも本当に共感します。

岡本 細かなところまで読んでくださっているんですね。有難いです。並木さんは師として目指す理想の姿などおありですか。

並木 藤川弥司郎右衛門を非常に尊敬しています。剣術には向いていないから他の道を進むようにと三度も言われながら努力を重ね、苦労したがゆえに弟子たちのわからないところを理解し、弟子に合わせた指導をしたという逸話が残っていて、そうありたいものだと。

岡本 その藤川の孫を後見したのが赤石郡司兵衛ですよね。愛弟子の団野源之進以外にも多くの有名な剣士を育てていて、その流れから島田虎之助も出てくるわけで。凄い人だったんだろうなと。直心影流は本当に高名な人物を輩出していますね。そうした中に峡竜蔵という男を加えさせてもらうという、なんとも勝手なことで(笑)。

並木 実は、峡竜蔵は私の師匠に少し似ているような気がするんです。

岡本 豪放磊落で、自分の道を行くという方だったんですか。

並木 師匠の遺言は「俺を目指すな。俺の目指したところを目指せ」というものでした。

岡本 いい遺言ですね。まさに竜蔵を彷彿とさせます。

並木 ですので、教えているというより、私自身が教えを守っていこうと必死で。

岡本 目指す剣の高みは、まだまだ先にあると。教えていくことと自分が伸びていくことと、その間におられるんですね。けれどもそこに、日本人の精神的なものも凝縮されているように思います。武芸の素晴らしさでもありますね。

並木 はい。先人たちが文字通り命がけで編み出し、時代時代の変化に合わせて培われた武道、武術と呼ばれるものには、今の時代にも稽古し、習得するだけの知恵と価値が詰まっていると思います。

岡本 武芸は“芸”というだけあって、突き詰められない魅力があります。どこまでいっても完璧なものができない、一〇〇点満点が取れないという面白さですよね。峡竜蔵という男の生き方を通して、その魅力が伝えられていればいいなと思っています。

(『伝説 新・剣客太平記〈十〉』所収)

 ***

岡本さとる
1961年生まれ。立命館大学卒業後、松竹入社。その後フリーとなり、『水戸黄門』『必殺仕事人』などのテレビ時代劇の脚本を手掛け、現在も数多くの舞台作品にて脚本家・演出家として活躍する。2010年小説家デビュー。主な作品に、「取次屋栄三」「居酒屋お夏」「若鷹武芸帖」「恋道行」の各シリーズ、『戦国絵巻純情派 花のこみち』『戦国、夢のかなた』がある。

並木和也
1968年生まれ。幼少の頃から父、並木靖より直心影流剣術と日置流雪荷派弓術の指導を受ける。84年、親子の情が修行の妨げになると並木靖の弟子、川島規義を師とする。99年、川島規義の遺言により直心影流空雲会を主宰する。
【直心影流 空雲会】http://kuuunkai.omiki.com/
●稽古情報:場所は主に品川区総合体育館にて、日曜午後。見学は随時、稽古予定日をお問い合わせください。

構成:石井美由貴

角川春樹事務所 ランティエ
2019年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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