サンドイッチでよみがえる懐かしい味の記憶

レビュー

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めぐり逢いサンドイッチ

『めぐり逢いサンドイッチ』

著者
谷 瑞恵 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041079430
発売日
2019/05/17
価格
1,540円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

サンドイッチでよみがえる懐かしい味の記憶――【書評】『めぐり逢いサンドイッチ』高倉優子

[レビュアー] 高倉優子(ライター)

 糖質制限がブームである。「炭水化物は健康の敵だ」と言わんばかりの風潮に、パンはもちろん、米も麺も大好きな私はずっと違和感を覚えてきた。

 適度な体重をキープすべく食事に気を遣うことは大事だ。でも炭水化物抜きの人生なんて、味気ないにもほどがある。『めぐり逢いサンドイッチ』を読みながらその思いは確信に変わった。

 本作は、大阪・靱公園のすぐ前にあるサンドイッチ専門店『ピクニック・バスケット』が舞台。おっとりしていて商売っ気がない店主の笹子と、しっかり者だが目標もなく生きてきたことに少し負い目を感じている妹の蕗子の姉妹愛を軸に、店を訪れる人たちとの交流を描いた連作短編集だ。

 思えば、気軽にコンビニで買える一方、高級デリバリー店があったり、各家庭によって味のこだわりがあったりとサンドイッチとはなんとバリエーション豊富で奥深い食べ物だろう。

『ピクニック・バスケット』に並ぶサンドイッチには、タマゴサンドやチキンサンドといった王道だけでなく、ハムキャベツといった変わり種メニューもある。その理由を笹子は次のように語る。

「よく知っている料理だからこそ、サンドイッチになってると食べたくならない? 知らない食べ物より、なんだかわくわくすると思うの。親しんだ食べ物が、とびきりよそ行きに、おしゃれしたように見えるでしょう?」

 確かにそうだ。パンにはさんで合わない料理なんてほとんどないだろうし、「ごちそう感」が増したりもする。トンカツだって、白身魚のフライだって、そのまま食べるのとは違う、別の料理みたいな雰囲気と味わいになるではないか。

 そんなサンドイッチの具材よろしく、店には個性豊かな面々が集まってくる。笹子が彼らの思い出の味を再現したり、インスピレーションを受けてメニューを考案したりと美味なる化学反応が起こるさまが綴られていく。

 店のオーナーである老女・徹子と亡き夫の思い出を込めたローストチキンサンドが登場する「待ち人来たりて」。笹子に気がある様子のお調子者、常連客の小野寺さんのコロッケ嫌いを克服させるために作ったコロッケサンドの物語「はんぶんこ」など、全五話だ。

 平和な空気感あふれる優しい筆致は、著者の代表作「思い出のとき修理します」シリーズとも連なり、谷ファンならば「待ってました!」と言いたくなるほど。人と人が緩やかに触れ合うことで、小さな気付きがあったり、立ち止まっていた足を一歩進めることができる。そんな希望に満ちた人間ドラマを書かせたら著者は本当に巧い。大事件が起こるといった派手さはないが、日常の中にある幸せや生きる喜びといったものが丁寧に描かれ、じんわりと胸に沁みるのだ。

 忘れてはならないのが、パン作りに命をかける「一斤王子」こと川端の存在。納品のために日々、店にやってくる「無敵のイケメン」である彼にときめきながらも、姉とお似合いなんじゃないかと思ってみたりする蕗子がいじらしく、つい応援したくなる。

 そしてお調子者だけど魅力的な小野寺さんが笹子に言うセリフが印象的だ。

「昔馴染んだ料理とは、味は違うんやけど、笹ちゃんのサンドイッチは昔を思い出す。パンにはさまれて、えらいべっぴんな食べ物になってんのに、懐かしい味の記憶が、そこから細い糸でつながって、糸電話みたいに震えて伝わってくる」

 私たちは空腹を満たすためだけに食事をするのではない。思い出の味を口にすることで誰かを偲んだり、明日も頑張ろうと力をもらったりしているのだ。だからこそ、昔から食べてきた炭水化物を抜くなんて断固反対! そもそも本作を読んでパンを食べることを我慢するなんて無理だと思う。読後すぐ、作中に登場する関西風タマゴサンドを作って平らげた私が断言する。

KADOKAWA 本の旅人
2018年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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