驚きと企みに満ちた男たちの挽歌『暴虎の牙』

レビュー

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暴虎の牙

『暴虎の牙』

著者
柚月裕子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041088975
発売日
2020/03/27
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

驚きと企みに満ちた男たちの挽歌『暴虎の牙』

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)

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(評者:北上 次郎 / 書評家)

 そうか、この手でくるのか。
 第一章の頭に「昭和五十七年」とある。
 このシリーズの第一作『孤狼の血』が昭和六十三年から始まっていたことを想起されたい。シリーズ第二作『凶犬の眼』は平成二年の物語であった。つまり本書は『孤狼の血』の前の物語ということだ。おお、ということは、あの大上がまた出てくるということだ。出てきますよ、ガミさんが。
 呉原東署捜査二課主任、暴力団係の班長、大上章吾。部下として配属された日岡秀一が初めて大上に会うシーンを『孤狼の血』から引く。挨拶しようとする日岡を止め、「極道みてえに、べらべら口上たれてんじゃねえ」とにらみつける。その様子は次のように描かれている。

「男は日岡を極道呼ばわりしたが、身なりを見る限り、男の方がよほど極道に近かった。襟の開いた黒シャツを着て、少しダブついた白いズボンをはいている。頭には、ベージュのパナマ帽を被っていた。腕に嵌めているごつい腕時計と、ベルトのバックルが薄暗い店内で銀色に光っている」

 このパナマ帽の由来が、本書に出てくる。そうか、こういういきさつがあったのか。
 柚月裕子の『孤狼の血』がいかに凄かったかはここに書くまでもない。警察と極道の戦いを描く小説がこれまでなかったわけではない。法に縛られない警察官の姿も、数多く描かれている。むしろ手垢のついた素材といっていい。ところが柚月裕子は、どこにでも転がっているような話を、驚くほど新鮮なものに変えてしまったのである。なによりも構成が素晴らしかった。捜査のためとはいえ、法を逸脱する大上というマル暴刑事と、それを批判的な目で見ている部下の日岡、という構図がラストに絶妙な効果をあげていた。さらに秀逸な人物造形も、リアルなストーリーも、何もかもが素晴らしかった。第六十九回の日本推理作家協会賞を受賞したのも当然の結果といえるだろう。
 人物造形といえば、このシリーズは毎回、強烈な印象を残す人物を登場させている。第一作『孤狼の血』でいえばそれはマル暴刑事大上であり、日岡秀一を主人公とする第二作『凶犬の眼』では義誠連合会の会長国光寛郎が強く光っている。では、シリーズ完結編となる本書『暴虎の牙』では誰か。極道に喧嘩を吹っ掛ける呉寅会のリーダー沖虎彦だ。本書の中で沖虎彦を評価する理由について、大上はこのように言う。

「わしゃァのう、堅気に手ェ出すやつは許さん。極道だけじゃない。愚連隊や暴走族も、じゃ。まあ、そいつらは大概、極道にケツ持ちしてもろうとる。こんなら、一本でやっとるそうじゃない。極道や不良に喧嘩売りまくって─ええ根性しとる。根性があるやつが、わしは好きでのう」

 本書は、極道にとことん歯向かう愚連隊・呉寅会を率いる沖虎彦の、波瀾に満ちた青春を描く小説だ。マル暴刑事大上も、日岡秀一も、そして尾谷組組長となった一之瀬守孝も、これまでのシリーズ二作に登場してきた男たちのすべてを脇にまわし、沖虎彦の苛烈な生き方を物語の中心に置くことで、この三部作を見事に引き締めている。
『孤狼の血』よりも前の年代から始まるが、最後は『凶犬の眼』の先まで描く物語であることも書いておく(だから途中から日岡秀一も出てくる)。つまり本書は三部作全体を包含する物語なのである。
 余韻あるラストだ。哀しいラストだ。まるで男たちの挽歌であるかのようだ。

驚きと企みに満ちた男たちの挽歌『暴虎の牙』
驚きと企みに満ちた男たちの挽歌『暴虎の牙』

▼柚月裕子『暴虎の牙』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321908000081/

KADOKAWA カドブン
2020年4月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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